ハリー・ポッター
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テニプリ
Chapter:22   パーセルマウス

 手塚に襲い掛かろうとしたヘビをリョーマが止めた後、騒然となりかけた談話室を収めたのは、7年生の大和祐大だった。

「越前君がパーセルマウスだったとは、驚きました。君がその能力で止めてくれなければ、手塚君は間違いなくあのヘビに襲われていたことでしょう」

 いささか芝居がかった口調で言いながら、大和は舞台に上がってきた。

「ですが、皆さん。このことは他言無用に願います。特に、他の寮生には」

 そして大和は、その場に居合わせた、つまりグリフィンドール生全員に口止め令を言い渡した。

「人の口に戸は立てられない、と言いますが……もしこのことが他の寮生に漏れて、噂になるようなことがあれば、その出所を徹底的に調べ上げて、男女問わず、乾君特製の野菜汁をジョッキで飲んでもらった上で、グラウンドを100周してもらいます。いいですね?」

 クィディッチチームのメンバーでなくても、乾が作った野菜汁の恐怖は知り抜いているらしい。大和の言葉を聞いた6・7年生たちも顔が青ざめていた。一人だけ野菜汁を好物としている不二は平然としていたが、それでもグラウンド100周はご免だ、とばかりに頷いていた。

「では、今日のところはこれで解散です。皆さん、自分の部屋に戻って下さい」

 大和の号令で、生徒たちは思い思いに談話室を出て行った。そんな様子を見て、大和はリョーマに向き直った。

「さて、越前君。君には少し確かめたいことがあります。僕の部屋までご足労願えますか?」

「別に、いいっすけど」

 リョーマが答えると、大和は手塚と大石に視線を移した。

「手塚君と大石君、それから乾君……はどうしました?」

「調べたいことがある、と大慌てで部屋へ駆け上がって行きましたが」

「そうですか。この話は彼にも聞いてもらった方がいいでしょう。いい知恵を授けてくれるでしょうから。すみませんが、僕の部屋に来るように伝えて下さい」

「わかりました」

 いなくなってしまった乾に代わって手塚が頷き、一足先に階段を上がって行った。

「では、越前君、こちらへ」

 リョーマは大和に促されるまま、大石と並んで階段を上がって行った。

 監督生たちが寝泊りする部屋は、塔の最上階と、その一つ下の階にある。大和の部屋は最上階の一つ下で、大石と隣同士なのだという。その部屋に、リョーマは招き入れられていた。

 部屋の中には、リョーマたちがいつも寝ているベッドよりも広く、装飾も立派な天蓋付きのベッドが置かれていた。机も広く、大きな本棚もクローゼットも、象嵌や細かい彫刻などの凝った装飾がされていて、立派な物だった。

(ふぅん、これが監督生と一般生徒の違いってワケ?)

 壁の一面に設けられている本棚は、太さはまちまちだがびっしりと本で埋め尽くされている。

「こちらへどうぞ」

 リョーマは窓の側に置かれた応接セットの肘掛け椅子を勧められて、そこに腰を下ろした。隣の肘掛け椅子には、大石が座る。

 大和は自分の机から椅子を引っ張り出してきて、リョーマの斜向かいに陣取った。

「さて、これで後は手塚君と乾君ですが……」

 大和が呟いた時、ドアがノックされてその二人が入ってきた。

「失礼します」

 手塚の後に続いて入ってきた乾は、分厚い本を何冊か抱えていた。

「ああ、来たようですね。二人とも、こちらへどうぞ」

 手塚と乾は大和に勧められるまま、リョーマの向かいに置かれた二人掛けのソファに腰をかけた。

「乾君、それは?」

「越前の話の参考になるかと思ったので、持って来ました」

「なるほど、さすがにいい判断ですね」

 乾はドサッと机の上に分厚い数冊の本を積み上げた。どれもこれも、羊皮紙に刷られた古いものばかりだった。

「とりあえず、お茶でもいただきながら話しましょうか」

 大和は穏やかにそう言うと、杖を一振りして呟くように呪文を唱え、机の上に5人分のティーセトを揃えてしまった。ポットからは湯気が立ち上り、フルーティな香りが鼻腔をくすぐった。

 その香りにいち早く反応したのは、ブレンド物なら紅茶から魔法薬までほぼ完璧を誇る乾だった。

「マンゴーティーですか、大和部長?」

「ええ。最近、ちょっと凝っているんです。まぁ、君のブレンドほど美味しくないかもしれませんが、どうぞ」

 乾が持ってきた本を濡らさないように配慮しながら、大和は全員のカップに紅茶を注いだ。

 それを一口飲んで、リョーマは初めて自分が緊張していたことに気づいた。ほんの少しトロピカルな香りがするそのお茶を楽しんで、リョーマは思わずほう、とため息をついた。

「ほっとしたでしょう?」

「え……? あ、まぁ……」

 大和は黒い丸眼鏡の奥から、リョーマのちょっとした仕草も見抜いていた。

「それにしても、驚きました。パーセルマウスをこうして目の前で見ることになるとは」

 そして悠々とソーザーにカップを置きながら、のんびりと話した。さっき、談話室の舞台の上で聞いていたならば嫌味にしか聞こえなかったかもしれないが、今の大和の言葉は、心底そう思っているのだろうとリョーマには思えた。

「あの、聞いていいっすか?」

「何なりと、どうぞ。ただし、僕が答えられる範囲で、ということになりますが」

「そのパーセルマウスっていうの、そんなに珍しいんすか?」

「珍しいですよ。このホグワーツ中を探しても、ヘビと話ができるのは君一人だけです。魔法界全てを探したとしても、他にいるかどうか……といったところでしょう」

 大和の眼鏡にはめ込まれた黒いレンズが、部屋のろうそくを反射して光る。乾の眼鏡が光るのとは、また別の不気味さがそこにはあった。

「そうなんすか?」

「ええ。……もしかして、誰でも持っている能力だと思っていましたか?」

「……っす」

 確認するような大和の問いかけに、リョーマは頷いた。

「越前は、このホグワーツに来る前日まで、自分が魔法使いであることを知らなかったそうです。恐らく、父親の南次郎さんが知らせていなかったんでしょう」

「……なるほど。まぁ、その理由は推して知るべし、というところでしょうか?」

「ええ」

 リョーマのフォローに回ったのは、乾だった。

「ヘビと話をしたのは、さっき手塚君をかばったのが初めてですか?」

「ううん。確か……」

 大和に尋ねられて、リョーマは思い出していた。

 まだホグワーツに入る前、自分も父の南次郎も魔法使いだということを知らなかった頃。動物園の爬虫類館に入った時、リョーマは自分に悪戯をした南次郎にニシキヘビをけしかけたことがあった。

 あの時は確か……

(あのオヤジ、ほんっとムカつく。こういう大きなヘビにでも襲われたら、少しはおとなしくなるかな)

 そう呟いたら、ガラスの向こうにいたヘビと目が合って。それを聞いていた南次郎に頭を小突かれて、ムカッときたらいつの間にかガラスが消えていて、中からヘビが出てきた。

(この人、懲らしめればいいんだね)

 そうヘビに尋ねられたような気がして、リョーマは軽く頷いた。すると、そのニシキヘビは本当に南次郎に向かって鎌首をもたげ、威嚇したのだ。

 驚いた南次郎は悲鳴を上げて、腰を抜かした。顔の近くでシューシューと舌を鳴らすヘビに、南次郎は恐怖の表情を浮かべていた。

(これでいい?)

 脅える南次郎を見て、ニシキヘビはリョーマを振り返ってそう尋ねてきた。そして、リョーマは頷いたのだ。

(ああ。このバカオヤジも少し懲りたみたいだから、もういいよ。サンキュ)

 あの時は、自分が違う言葉を話しているとは思わなかった。南次郎はすぐ側にいたが、ヘビに気を取られていてリョーマには気づいていない様子だった。

 そしてさっき、手塚をかばった時も。リョーマは、自分が違う言葉を話しているという自覚は全くなかったのだ。

「俺、自分が話せるなんて知らなかったんすけど。何で話せるんすか?」

 リョーマの質問に答えるべく、乾がいつも持ち歩いているノートをめくり、さらに持参した本をものすごい勢いでめくった。目的の記述を見つけたのか、乾は突然顔を上げてまじまじとリョーマを見た。

「ヘビと話ができるのは、魔法使いの中でも強力な闇の魔法を操る、ひと握りの者に限られる。だが、マグルの中で育った越前は闇の魔法に関する知識も持っていないし、越前の家も闇の魔法とは全く無縁の家だ。父方も母方も、君の家からは今までに闇の魔法使いが出たことはないからね」

「だったら、どうして……?」

 乾に詰め寄ったのは、リョーマではなく大石だった。

「ただ一つ気になるのは……越前は生まれてから今まで、一度だけパーセルマウスの持ち主と接したことがある、ということだ」

 乾の言い方はひどく遠まわしで、リョーマには何が言いたいのかわからなかった。が、手塚と大和には乾が何を言わんとしているのか、わかったらしい。

「額の傷、か……」

「なるほど。稲妻型の傷、ですね」

 手塚と大和と大石の視線が、リョーマの額に集中した。

「な、何すか……?」

「越前、お前のその額の傷痕は、ただの傷痕じゃない」

「どういう意味っすか?」

「それは、強力な呪いを受けた印なんですよ」

 乾の説明を、大和が引き取った。

「南次郎さんからは、その傷の事を何と聞かされていたんです?」

「まだ赤ちゃんだった時に、事故にあったとしか聞かされてないっす」

「なるほど。ですが、そんな傷痕が10年も残っているなんて、おかしいとは思いませんでしたか?」

「そりゃ、ちょっとくらいは思ったっすけど」

 南次郎は、傷痕のことも、事故のことも、母親のことも。

 質問することをリョーマには許してくれなかったのだ。リョーマは、ただ言われたことを信じるしかなかった。

 そう話すと、4人の監督生は同情するような眼差しで軽く頷いた。

「僕たちは直接現場を見たわけではありません。あくまでも、伝説として聞かされているだけです」

 そう前置きをした上で、大和は続けた。

「ですがその伝説によれば、君は母親と一緒にロンドンのとある家に隠れていた時に、ヴォルデモートに襲われた。ヴォルデモートはまず君の母親を殺し、そして君も手に掛けようとしましたが、何故か魔法が跳ね返され、君は額に傷を負っただけで助かったんですよ」

 他の皆が『例のあの人』としか言わない名前を、大和は当たり前のように呼んでいた。

「君の額の傷は強力な呪い、つまりヴォルデモートが使う闇の魔法によって付けられたものなんです」

「そうなんすか?」

「ええ」

「で、それがどうかしたんすか?」

 魔法使いでありながら、魔法界のことを何も知らないリョーマには、まだ話が見えなかった。

「『例のあの人』………ヴォルデモートは、パーセルマウスだと言われているんだ」

 ためらいながらヴォルデモートの名を呼び、解答を示してくれたのは、乾だった。

「俺も、直接会ったことはないからね。話しているのを見たわけじゃない。だが、越前に呪文を跳ね返され、姿を消した後で逮捕された彼の部下たちの供述として、そういう話がある」

 乾の父親は、日刊預言者新聞の記者だ。その影響で、乾は小さい頃から父親が書いた記事を読み、情報を蓄えてきたのだ。

「越前がパーセルマウスの能力を備える原因として考えられるのは、そのヴォルデモートに襲われた時に、何らかの原因で力の一部を移された、ということだけだ」

「力の一部を、移すだって? そんなこと、あるのか?」

 身を乗り出して聞き返す大石に、乾は黙って頷き、さらに続けた。

「それが、あるんだ。過去にいくつか、そういった例が報告されている。強力な呪いを跳ね返される時、自分でも意図せずに、呪いをかけた相手に力の一部を移す、ということが」

「ってことは、俺はヴォルデモートに襲われて、呪いを跳ね返した時にパーセルマウスの能力を移されてたってことっすか?」

「そうとしか考えられない。他に、越前がその能力を備える条件はないんだ」

 乾の言葉に、リョーマはもちろん、大石も手塚も大和も沈黙していた。

 その沈黙を破ったのは、乾の推論を考察していた大和だった。

「なるほど。乾君の推理は、ある意味で真実に最も近いものかもしれませんね」

「ですがそれが本当だとすると、この事が他の連中に知られたら、余計に厄介なことになります」

「厄介って、どういうことっすか?」

 大和に向かってそう話す手塚に、リョーマは尋ねていた。

「越前、スリザリンの寮の紋章に何が描かれているか、知っているな?」

 すると、手塚は逆にリョーマに対して確認するように問いかけてきた。

「スリザリンって……」

 問われてリョーマは思い出していた。スリザリン寮の紋章は、確か……。

「ヘビ……」

「そうだ。ホグワーツの創設者の一人、寮にも名前を残すサラザール・スリザリンはヘビと話ができることで有名だった。だから、寮のシンボルとしてヘビが描かれているんだ」

 説明してくれたのは、乾だった。

「ここで一つ、引っかかることがないか?」

「引っかかること?」

「ハロウィーンの夜に、廊下の壁に書かれた血文字のことだ」

「おい、乾。お前まさか、越前がスリザリンの継承者だ、なんて言い出すんじゃ……!?」

 悲鳴のような声をあげたのは、大石だった。大石はあの夜、菊丸と共に壁の血文字の第一発見者になっていた。滴る血も生々しいあの一件を、忘れようとしても忘れられるものではない。

「そういう意味じゃない。あの血文字が書かれたと思われる時間、越前は桃と一緒に堀尾を助けるために嘆きのダビデのトイレにいた。秘密の部屋を開き、中の怪物を解放して、ミセス・ノリスを石にした上で松明から釣るし、廊下に血文字を書くのは不可能だ」

「だったら……」

「だが、他の寮の連中はそれを知らない」

「………っ!?」

 乾の言葉に、大石も、そしてリョーマもようやく気づいた。それを裏付けるように、乾は続けた。

「越前がパーセルマウスだと知れれば、そういう事情を知らない連中は越前を継承者だと思うだろうな」

「それで、大和部長は緘口令を敷いたわけですね」

「ええ。妙な噂を立てられて、一番困るのは越前君ですから」

 大石の言葉に、大和はほんの少し唇の端を上げて微笑った。





 リョーマはその夜、何時間も寝つけなかった。

 ヘビとの一件があったせいか、堀尾もカチローもカツオも、何となくリョーマには近寄りがたい様子だった、とリョーマはぼんやりと思っていた。

 四本柱のベッドのカーテンの隙間から、寮塔の窓の外を雪がちらつきはじめたのを眺めながら、リョーマは考えていた。

 乾は、リョーマがスリザリンの子孫だとは考えられない、と断言した。

 けれどヘビと話す能力は、リョーマ自身も知らないうちに植えつけられていた。他でもない、リョーマの母親を殺したヴォルデモートによって。

 リョーマはこっそり蛇語を話そうとした。が、言葉は出てこなかった。

(ふぅん、本物を見ないと出てこないんだ)

 そう考えるともなく思った時、ふとリョーマの脳裏に一つの光景が思い出されていた。

(スリザリンは嫌なのかね? 君は偉大になれる可能性があるんだよ。その全ては君の頭の中にある。スリザリンに入れば、間違いなく偉大になれる道が開ける)

 ホグワーツに入った日、組分け帽子はリョーマの頭の上でそう言った。

 帽子は、リョーマをスリザリンに入れたがっていたのだ。けれど、リョーマが嫌だと言ったのを聞いて、帽子はリョーマをグリフィンドールに入れたのだ。

(あれって……この力のせいだったのかも)

 サラザール・スリザリンと同じ、蛇語を話す能力、パーセルマウス。

(別に、こんな力……持ってなくても良かったんだけど)

 珍しく沈んだ気持ちで、リョーマは寝返りを打った。





というわけで、只今リョーマは少し落ち込んでおります。
でもって先週に引き続き、大和の出番が多いお話となりました。
そしてリョーマの力の秘密を少し、ご披露致しました(笑)。

それにしても、グリフィンドールの監督生たちは全員揃えば無敵でございますねv。
…て、自分で書いているんですが(笑)。
次週、リョーマが浮上するのかどうか。
そして先輩たちは動くのか、お楽しみに(^^)。





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