Chapter:19 潜入! スリザリン
芥川慈郎に変身したリョーマと、忍足侑士に変身した桃城はスリザリン寮内に入り込むことに成功した。
赤を基調にした設えで温かく感じられるグリフィンドールとは対照的に、銀と緑で彩られたスリザリンの談話室は、どこか寒々しく感じられた。そこが地下室になっていて一面壁であることも、寒々と感じられる原因の一つかもしれない、と何となくリョーマは思っていた。
けれど、置かれているサイドボードもテーブルもソファも椅子も、全てが細かい象嵌や彫刻が施され、豪奢で見事な物ばかりだった。
「何突っ立ってやがる? 座ったらどうだ?」
リョーマと桃城が変身しているとは思っていない跡部は、中でも最も豪奢なソファに悠然と腰掛けて、二人に声をかけてきた。跡部に付き従っている樺地は、相変わらず黙ったままでソファの後ろに立っていた。
「……相変わらず、何の報道もなし、か。ここの記者どもは、腑抜けばかり揃っているようだな」
跡部は近くのテーブルに投げてあった日刊預言者新聞を手に取り、記事をざっと眺めて独り言とも、何かリアクションを求めているとも取れるような口調で言い出した。
「何故学校の事件を報道しねぇ。この俺様が妙なブラッジャーに邪魔をされ、スニッチを掴みそこなったというだけでも、報道するべき大事件だろう。なぁ、樺地?」
「うす」
跡部は先日のグリフィンドール戦の結果が不満な様子だった。あの試合では、リョーマがブラッジャーに襲われ、跡部を巻き添えにしたのだ。結果、跡部を出し抜いたリョーマがスニッチを掴み、試合はグリフィンドールの勝利に終わった。
「それだけじゃねぇ。秘密の部屋だって開かれたってのに、報道しねぇのはおかしいぜ。誰か口止めでもしてやがるのか?」
「誰かって、例えば誰やと思うんや、跡部?」
聞き返したのは、桃城だった。さすがに曲者と言われるだけあって、こういった時にどう対処するかも冷静に判断しているようだった。
「お前は誰だと思うよ、忍足?」
「さぁな。せやけど、事が事やん? 記者が自粛してるんちゃうん? 例えば、乾の親父とか」
「アイツの父親にそんな権限があるかよ。たかが記者だぜ」
「ほな、跡部は誰やと思ってんの?」
「ダンブルドアだ。他に誰がいるよ?」
至極当然、と言わんばかりの口調に、リョーマは少し苛立ちを覚えていた。それは、隣にいる桃城も同じらしい。表情には出していないが、腿の上で握っている拳がかすかに震えていた。
「ダンブルドアの存在が学校の不幸だ、と父上が仰っていたが……同感だな。なぁ、樺地?」
「うす」
跡部に同意を求められて、樺地はすかさず返事をする。
(この人、やっぱヤな感じする)
リョーマは跡部を睨みつけたくなる衝動に襲われたが、なんとか我慢した。
そんなリョーマをよそに、桃城は跡部にカマをかけていた。
「そういや、跡部がスリザリンの継承者や、ってウワサあるん、知ってる?」
「知るわけねぇだろ。だいたい、血筋的には俺にも十分その資格はあるが、残念ながらスリザリンの継承者ってのは俺じゃねぇ。」
「そうなん?」
「ああ。もし俺が継承者なら、とっくの昔に"穢れた血"の連中と、マグルに擦り寄る魔法界の恥どもはこのホグワーツから追い出し、俺の強さと美しさを讃える者だけを残している」
「あ、そう……?」
ソファにふんぞり返って自分の言葉に酔っている跡部に、桃城はげんなりした表情をしていた。聞くんじゃなかったよ、とその表情が物語っていた。
「名案だろう、なぁ、樺地?」
「うす」
(っていうかこの人、本当に言われてること理解してるわけ?)
リョーマも半ば呆れていると、跡部はまた口を開いた。
「スリザリンの継承者、か……」
跡部が何か思い出したように呟く。その言葉に、桃城もリョーマも一瞬反応してしまった。
「跡部ぇ、それって誰のことか知ってるの?」
リョーマは、できる限り慈郎の口調と声を真似して問いかけた。すると、跡部が見下したようにリョーマを見て、吐き捨てるように言った。
「知らねぇよ、何度も言わせるんじゃねぇ」
そして跡部は、テーブルに置かれていた瓶を一つ手にとって、ラベルを見た。「なんだ、バタービールかよ」と小さく呟いて、樺地に向かって差し出した。
「飲め、樺地」
「うす」
樺地は従順にもそれを受け取って、言われたとおりに中身を一気に干した。
「だいたい、俺は秘密の部屋がどこにあるのかも、開け方も、その中に何があるのかも、何も知らされてねぇ」
「知らされる?」
桃城が跡部の言葉尻を取って聞き返す。
「ああ、父上が仰っていたんだ。前にも一度、このホグワーツで秘密の部屋が開かれたことがある、とな」
「ええ!?」
リョーマも桃城も、思わず立ち上がっていた。そんな二人を一瞥して、跡部は呆れたように言った。
「お前ら、さっきから少し妙じゃねぇか? 晩飯に何か妙なものでも入ってたのか?」
「い、いや、別に……」
「ちょっと、腹下しててん」
リョーマと桃城は素早く顔を見合わせて、再びソファに座りなおした。
「ま、もっとも、この俺様の好物を出さねぇようなクリスマスディナーなんざ、大したことなかったけどな」
跡部の、どこまでも世界は自分を中心に回っているかのような言葉は、リョーマも桃城も聞き流していた。
「それで、秘密の部屋が開かれた、って詳しく聞かせてくれへん?」
「ふん、忍足。お前がそんなことに興味を持つとはな」
「ええやん、ちょっとだけや」
桃城が下手に出て食い下がる。
「今ホグワーツでその話に一番詳しいの、跡部やろ?」
「まぁな。いいぜ、教えてやるよ」
桃城は、跡部の扱い方に慣れてきたようだった。
「父上の話では、部屋が開かれたのは50年前だ。部屋を開いた者は学校を追われ、その時"穢れた血"が一人死んだらしい」
跡部は悠然と組んでいた足を組み代えて、続けた。
「今度も連中の誰かが殺されるぜ」
そう言って、跡部は見下したような嫌な微笑を浮かべた。
跡部が言う"穢れた血"とは、マグル生まれの生徒のことだ。今リョーマの隣にいる桃城も、その一人である。自分が標的にされるかもしれないのだ、桃城は。
リョーマは跡部に気づかれないように、桃城の顔をそっと窺った。すると、リョーマの視線に気づいた桃城は、大丈夫だ、と目で訴えてきた。
それを見て、リョーマは少し安心した。
「標的にされるのは、今ホグワーツにいる"穢れた血"で最も厄介な男、不二周助だといいがな」
けれど、そんな跡部の言葉には、リョーマも桃城も黙ってはいられなかった。
「ちょっと、あんた!?」
「おい、越前」
リョーマはつい、いつもの口調で食って掛かりそうになってしまった。それを、同時に立ち上がっていた桃城に小声で止められた。
跡部はそんなリョーマと桃城を怪訝そうな顔で見上げ、軽蔑したように言った。
「お前ら、本当に何か変なものでも食ったんじゃねぇの?」
そしてリョーマと桃城には興味を失くしたのか、ソファから立ち上がって後ろのテーブルに積まれたプレゼントの山から包みを一つ取り出し、宛名も見ずに勝手に包装を破って中を見た。が、それも跡部の気に入る物ではなかったらしい。
「食え、樺地」
「うす」
跡部はそれをぽい、と樺地に向かって放り投げた。樺地はそれを受け取って、中に入っていたビスケットをボリボリと食べ始めた。
「あのヤロウ………」
桃城が小さく、低く呻く。その目が、怒りに燃えていた。
リョーマはそんな桃城と、つまらなそうにプレゼントの山を探る跡部を見比べて、ふいに気がついた。眼鏡の奥の目が隠れるほどに長いはずの忍足の髪が、短くなってきている。
「桃先輩……」
リョーマが小声で呼びかけると、桃城もリョーマを見下ろしてきた。リョーマの顔を見て、はっとしたように息を呑んだ。
「越前、お前、傷痕が……」
言われて、リョーマは額を探った。指に触れる髪が、慈郎のようなクルクルのクセ毛ではなく、真っすぐないつもの自分の髪の感触になっていた。
(ヤバッ、もう時間切れ!?)
スリザリン寮に入ってから、まだそれほど時間が経っていないとリョーマは思っていた。けれど、菊丸のアクシデントと乾の長話に思いのほか時間を取られ、スリザリン寮まで歩いてくる間にもそれなりに時間が経っていたらしいことを悟った。
「つまらねぇ……おい、踊れ、樺地」
「うす」
跡部に命令され、巨体に見合わぬ軽やかなステップを踏み始める樺地をよそに、リョーマと桃城は一瞬視線を交わして頷きあった。
「うわ、これあかんわ。俺、ちょっとトイレ……」
「お、俺も!」
「おい、どうしたよ、お前ら?」
呼び止めようとする跡部の声も無視して、リョーマと桃城は脱兎のごとくスリザリンの談話室を飛び出していた。
スリザリンの談話室を飛び出して廊下に出ると、リョーマも桃城もすっかり元の姿形に戻っていた。大き目のスリザリンの制服を着たままで、リョーマと桃城は廊下をダッシュした。
「桃、越前、お帰り」
嘆きのダビデがいるトイレへ戻ると、乾が空恐ろしいほど爽やかな笑顔で二人を迎えてくれた。
「薬の効果が切れたようだな。跡部から何かいい情報は聞き出せたかい?」
「もう、バッチリっすよ」
「そうか、だったら、後でゆっくり報告してもらおうか」
「わかったっす」
乾の問いかけに、桃城がピースサインを作って応えた。
桃城もリョーマも、自分より身長が高い人間に変身していたせいか、ズボンもローブも床に引きずってしまっている。二人とももう一度小部屋に入って、もともと自分が着ていた制服に着替え直した。
(やっぱり、この方がしっくりくるね)
目線が高いのは嬉しかったけれど、自分の体が一番だとリョーマは思っていた。
「それより、英二先輩は?」
「ああ。お前たちがスリザリンへ行っている間にも説得したんだが、一向に出て来ようとしなくてね」
桃城に尋ねられて、乾は困ったような表情で苦笑した。
「でも、俺も桃先輩も元に戻ってるんすから、菊丸先輩ももう戻ってるんじゃないっすか?」
「それもそうだな。おい、英二」
乾は菊丸がこもりきりになっている小部屋のドアを叩いて、呼びかけた。
「そろそろ薬の効果は切れているはずだろう? 出てこないか。桃と越前も戻ってきたぞ」
「………………」
乾が呼びかけても、小部屋から返事が返ってくることはなかった。
「エージ先輩、どうしたんすか?」
「英二、出てこないようなら、このドアをこじ開けるぞ」
「………乾ぃ…………」
乾の脅し文句に負けたのか、菊丸が泣きそうな声で乾を呼びながらドアを開けた。その中から出てきた菊丸の姿に、リョーマも桃城も、乾でさえ言葉を失っていた。
「え、英二………?」
「猫になってもワンダホー」
ダビデのダジャレが、トイレの中で虚しく響いていた。
菊丸の頭の上には、ふわふわの毛に覆われた正三角形の耳が。
手はこぶしを作ったように丸くなって、やはりふわふわの茶色い毛で覆われ。
お尻からは長い尻尾が飛び出していた。
「エージ先輩、それって……」
桃城が絶句するのも無理はなかった。顔は菊丸の原型をとどめているものの、体全体が柔らかそうな毛に覆われ、猫化していたのである。
「ふむ……英二、お前どうやら間違えて猫の毛を飲んだようだな」
いち早く立ち直った乾が、持ち前の情報解析能力を発揮して、冷静に判断した。
「あれ、向日の髪じゃなかったんだにゃー」
菊丸は完全に涙目になっていた。
「そうか、菊丸先輩って確か……」
リョーマは思い出していた。忍足と向日と慈郎に眠り薬入りのケーキを食べさせて、髪の毛を抜く時に、桃城とリョーマが頭から髪を抜いた中で、菊丸だけは服についている毛を取っていたことを。
リョーマからその説明を聞いて、乾が菊丸を叱るような口調になった。
「その服についていた毛は、向日の髪ではなく、向日が飼っている猫の毛だったんだろうな。英二、ちゃんと髪の毛を抜いて来い、と指示しただろう?」
「で、でも………」
「でも、じゃない。ポリジュース薬は動物の毛を使ってはいけないことになっている。何故なら、お前が経験したようになるからだ」
「それ、先に言ってほしかったにゃー」
「俺のデータでも、お前がそういうことをするとは予測できなかったからな。全く、理屈じゃないよ」
乾は少し苛ついたように、眉間を押さえて呟いた。
「とりあえず医務室行きだな、これは。桃と越前から話を聞くのは、英二を医務室へ連れて行った後だ」
乾の指示で、リョーマは持参していた透明マントを菊丸にかけ、桃城と3人で医務室へと連れて行った。
そして毛玉を吐かなくなるまでは入院すること!と診断された菊丸を医務室へ残し、リョーマは桃城や乾と連れ立ってグリフィンドール寮へ戻って行った。
「あれ……? 誰か倒れてるっすよ?」
するとその道中、桃城が前方に倒れている人間を発見した。
近寄ってみると、それはグリフィンドール寮の最強監督生、5年生の手塚だった。
「手塚………? こんな所でどうして?」
乾がひざを突いて手塚の様子を見る。
「これは……熟睡しているな」
リョーマは、そんな手塚の側に落ちていた、不吉なものを発見して青くなった。
「乾先輩、これって、もしかして………」
それは、ポリジュース薬で変身するために乾が作り、リョーマがスリザリンの忍足たちに食べさせた、睡眠薬入りケーキと全く同じものだった。そのケーキには、一口だけかじった跡が残されていた。
「ああ、それは確か……」
それを見た乾は、思い出したように話し出した。
「万が一のことを考えて余分に1個作っておいたんだ。どこかで落としたと思っていたんだが、まさか手塚が拾っていたとはな」
「つーか、なんで手塚部長が拾い食いなんかするんすか!?」
「それってもしかして、食欲をそそる香りのせいじゃ……?」
「ふん、手塚でさえこの俺の魔法薬には抗えなかったか。いいデータが取れた」
どこか嬉しそうに、廊下のろうそくの光を眼鏡に反射させる乾に、リョーマは本気で脱力していた。
「データ取ってる場合じゃないと思うんすけど、乾先輩?」
「それもそうだな。とりあえず、手塚を寮まで運ぶか」
乾はそう呟くと、ローブから杖を取り出して呪文を唱えた。
「ウィンガーディアム レヴィオーサ」
手塚に浮遊術をかけ、乾は手塚を浮かせたままグリフィンドールまで連れて帰った。一度食べたら3時間は眠り続ける手塚を部屋へ運び、乾は談話室へと戻ってきた。
スリザリン潜入という大仕事を終えたリョーマと桃城をねぎらうように、特製ブレンドの紅茶を煎れて乾は二人に差し出した。
ちょうど飲み頃の紅茶が注がれたティーカップを受け取って、赤い布が張られたソファに腰掛けて桃城が盛大なため息をついた。
「はぁ、やっぱここが一番落ち着くっすね」
「スリザリンは落ち着けなかったかい?」
「なんか寒々しくて、嫌な感じがしたっすよ」
苦笑する乾に、桃城が二度と行きたくねぇ、と漏らす。リョーマも全く同感だと思っていた。
「あのナルシストな人とは同じ寮で住みたくないっす」
「跡部は灰汁が強いからね。それで、いい話は聞けたかい?」
リョーマと桃城の、跡部に関する愚痴はさらりと流して、乾は話を促した。ポリジュース薬を作る代わりに、跡部から聞き出した情報は知らせること。それが、乾の出した条件だった。
リョーマと桃城は、代わる代わる乾に話をした。
それを聞いて、乾はローブからいつものノートを取り出して、何か難しいことを考えるような顔をした。
「なるほど……秘密の部屋は50年前に一度開かれていたのか。その時に、マグルが一人死んだ、と跡部は言ったんだな?」
「っす」
「50年前、か……」
言いながら、乾はノートをパラパラとめくって何かを探しているようだった。
「その頃ホグワーツにいたと考えられる人間は……いや、だが確信は持てないな……。この仮説を裏付けるには………まだデータが……」
ブツブツ呟く言葉は要領を得ず、リョーマと桃城は思わず顔を見合わせていた。
「乾先輩?」
「何か、わかったんすか?」
「いや、わかるまでは行かないな。ただ糸口はつかめそうだ。いい情報を手に入れてくれたな」
乾は眼鏡をずり上げて、楽しそうに微笑した。
「調べ物があるから、俺は先に部屋に戻る。あまり遅くならないうちに、後片付けをしてお前たちも部屋に戻れ。じゃぁ、おやすみ」
そしてそう言い残して、乾は談話室を出て階段を上がって行った。
二人残されたリョーマは桃城と少しの間他愛もない話をして。
1日の緊張と疲れが睡魔となって襲い掛かってくる頃に、リョーマは部屋に戻っていった。
というわけで、コリスマス特別ファンサービス満載(?)の、スリザリン潜入の巻でございました。
勘のいい方は、先週「ひょっとして…?」なんて思っておられたことと思いますが。
予想通りだったでしょうか(笑)。
やはりね、ポリジュース薬の巻は一人だけ動物の毛を飲んでしまう、というのはお約束で(^^)。
誰にしようかな?と思ったら、あの人しかいにゃいのだ!てモンで(笑)。
ちなみに、樺地にあれこれ命じる跡部様のセリフは、
すべて「KA・BA・JI」の節をつけて読むと、より一層楽しめるかと(^^)。
このお話、クリスマスのお話なので、その日に併せて19.5章をカップリングページにアップできたらいいなぁ。
と思っているのですが、これをアップしている現在、まだ執筆中です。
間に合うのかどうかは、、、神のみぞ知る、ということで(苦笑)。
次章は年明けということで、皆さんホグワーツに戻ってきます。
またひと騒動ありそうなのですが、、、お楽しみに(^^)。
Chapter20 に続く / Chapter18 後編へ戻る / ハリポタdeテニプリ トップへ戻る