ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:17   狂ったブラッジャー 前編

 試合開始から30分。

 スリザリンゴールをこじ開けた菊丸のプレーから、一気に流れはグリフィンドールに傾いた。

「どーん!」

「僕も決めるよ」

 桃城も不二も、放つシュートが面白いように決まる。あっという間に、グリフィンドールが50−0とリードしていた。

「……樺地、何してやがる?」

 そんな様子を見ながら、跡部が忌々しそうに呟いていた。そして再び菊丸がゴールしようとした瞬間、跡部は指を鳴らしながら樺地に向かって命令していた。

「打て、樺地」

「……もう、打てません………」

 その時、初めて樺地が跡部の命令に背いた。真ん中のゴールの前で、樺地は身動きできなくなっていたのである。箒の柄を握り締めたその腕が、ぴくぴくと震えていた。

「……樺地」

 跡部に睨みつけられても、樺地は相変わらず無反応だった。そんな様子を眺めて、乾がぽつりと呟いていた。

「なるほどな、そういうことか」

「……あんた、何一人で納得してるんすか?」

 海堂に突っ込まれて、乾は解説を始めた。

「桃のパワーショットと、不二のミラクルショット。それを全て箒で打ち返すだけでも、柄を握っている腕にはかなりの負担がかかる。その上、英二のアクロバティックな動きに対応するために、急発進と急停止を繰り返す。ましてや、あの巨体だ。腕が身体を支えきれなくなって、限界になってしまうのも無理はない」

「なるほど。意外と脆いものだな」

 乾の解説が耳に届いていた手塚も、ゴール前で頷いていた。

「樺地は今、箒にまたがっているだけで必死のはずだ。あれでは、もうゴールは守れないな」

「ってことは、俺たちゴールし放題ってことだにゃ?」

 グリフィンドール陣地へ攻め込んできた向日からクアッフルを奪って、スリザリン陣地へ飛んで行く途中で乾の解説を聞いた菊丸が、楽しそうに言った。大石に呼びかけられてからすっかりテンションも上がって、ノリノリの様子だった。

 こうなってしまえば、もう菊丸を止められる者はいない。アクロバティックプレーで菊丸と張り合っていたはずの向日も、試合開始から25分を過ぎた辺りから次第に動きが悪くなっていた。

「……岳人のヤツ、もう体力落ちてるぜ」

「向日さんはアクロバティックプレーで相手をかき乱して試合を決める、速攻型っすからね。仕方ないっすよ」

 菊丸を追ってスリザリン陣地へ戻ってきたものの、すでに追いつけなくなってしまっている向日を見て、宍戸と鳳が囁き合っていた。

「それにしてもジローのヤツ、相変わらず起きねぇな」

「っすね」

 芥川慈郎は、相変わらずボーっとしていた。そんな彼の横を掠めるように、不二が何度も挑発しているのだが、全く効果がない様子だった。

 一方、リョーマはようやくスニッチを見つけていた。

「ったくどいつもこいつも。長期戦になることくらい、考えとけっての」

 スニッチは、味方のふがいなさに悪態をつく跡部のすぐ側にいたのである。

(あの人に気づかれたら、終わりだよね)

 リョーマよりも、跡部の方が圧倒的にスニッチに近い。

(なんとかして、遠ざけないと)

 リョーマはスニッチに神経を配ったまま、跡部に話しかけた。

「ねぇ、アンタ、俺の美技に酔えって言ったけど。スニッチまだ見つかんないの?」

「あ? てめぇ、この俺様に向かって何言ってやがる」

「あの樺地って人ももうダメみたいだし。向日って人も英二先輩に負けちゃってるし。ジローって人はまだ寝てるし。まだまだだね」

「……減らず口叩きやがって。この俺様を挑発するとは、いい度胸だ」

 リョーマは、わざと跡部の神経を逆撫でする言葉を選んだ。そしてリョーマの狙い通り、跡部は自分への歓声とリョーマの話し声に集中して、スニッチには気づかずにリョーマへ向かって来た。

(今だ!)

 跡部が少し腕を伸ばせばリョーマに届く。それほどの至近距離まで跡部を引きつけて、リョーマは箒を急発進させて、スニッチに向かって突進した。

(あと少し! ……―――っ!?)

 手を伸ばせばスニッチに届く。

 そう思って手を伸ばそうとした時。リョーマは自分に向かって来たブラッジャーに気づき、間一髪でそれを避けた。その間に、スニッチはまたどこかへ逃げ去ってしまっていた。

「越前、大丈夫か?」

 一度競技場の外へ出て、再び戻ってきたそのブラッジャーを打ち返しながら、乾が様子を窺ってきた。

「大丈夫っす」

 ところが、乾がスリザリン陣地へと打ち返したはずのそのブラッジャーは、途中で方向を急転換して再びリョーマ目がけて襲い掛かってきたのである。

「どういうことだ!?」

 二つのブラッジャーと味方、敵選手たちの動きを読み、データに基づいてプレーする乾も、そのブラッジャーの動きの不自然さに疑問を抱いていた。

 何度も何度も、打っても打っても。リョーマから遠い場所を狙って打っても、そのブラッジャーは途中で方向を変えて、リョーマに向かって戻ってきてしまうのである。

「おかしい……こんな動きは、俺のデータには……」

 乾が驚愕を隠せない表情で呟いていた。そしてリョーマを狙うそのブラッジャーからリョーマを守るために、乾はかかりきりになってしまった。

「ブラッジャーが特定の選手を狙うとは……理屈じゃない」

 相変わらずブツブツ言いながら打ったブラッジャーは、ふらふらとグリフィンドール陣地を飛んでいた芥川慈郎を直撃した。が、慈郎は奇跡的にもそれを避けた。のだが。

「起きろ、ジロー!」

「んあ? ……のわぁっ!?」

 再びリョーマ目指して、猛スピードで方向転換したブラッジャーに後ろから襲われて、慈郎はついに覚醒した。

「……マジマジ、すっげー。今の見た?」

 いったい誰に向かって訴えかけているのか、全くもって不明だったが、慈郎はクルリと後ろを振り返って同意を求めた。そして近くにいる跡部に気づいて、勢いよく話しかけた。

「おいおい跡部、すげぇじゃんこの試合!?」

「お前……やっと起きたのかよ」

「なんかすっげーな、このブラッジャー。よぉっし、次は打ち返してやるぞぉっ!」

「おい、ジロー」

 握りこぶしを作って気合を入れる慈郎に向かって、さすがの跡部も呆れたように言い返した。

「てめぇ、いつからビーターになったんだ。チェイサーだろうが、てめぇのポジションはよ」

「あ、そうだったっけ? 恥ずかCー」

 リョーマと、リョーマを狙うブラッジャーと乾の間で緊迫した空気が流れるそのすぐ横で、跡部と慈郎のなんともおまぬけな会話が繰り広げられていた。

 そしてブラッジャーの一つがリョーマを狙い始めたことで、一度グリフィンドールに傾きかけていた試合の流れが、また変わろうとしていた。

「なんや、ジロー。お前やっと起きたんか?」

「あ、忍足、おはよー」

「ほら、攻めるん手伝い」

 チラチラと忍足がクアッフルをちらつかせて、手塚が守るゴールへと向かっていく。その忍足に、慈郎は勢いよくついて行った。

「あーあ、ジローさん起きちゃいましたね」

「ああ、うるさくなるぜ」

 慈郎が覚醒したのに気づいた鳳と宍戸が、また近くに寄り合ってひそひそと囁き合っていた。その視線の先で、忍足からパスを受けた慈郎がクアッフルを打とうと箒を回転させた。ところへ、スリザリン陣地から飛んで来た所を海堂が打ち、縦の放物線を描くブラッジャーが飛んで、慈郎の邪魔をした。

「っと、っと、っと」

 慈郎はバランスを崩して、箒の毛の先の方をかろうじてクアッフルに当てただけで終わってしまった。ところが、慈郎が打ったクアッフルはふらふらと不規則な動きを見せ、手塚が反応するべきかどうか逡巡する間に、左側のゴールへと吸い込まれてしまった。

「芥川君が起きて、スリザリンの反撃が始まったみたいだね。90−10になったよ」

 のんびりした千石の解説が場内に流れる中、慈郎は態勢を整えながら言った。

「ふう、危ない危ない。いきなりあんな所にブラッジャー打ってくるんだもんな。ホント、油断できねぇよ。ま、結局ゴールには入ったけどさ」

 乱れたローブを軽く叩いて直し、慈郎は自身ありげに言い放った。

「ボレーなら、誰にも負けねぇ」

 そしてその言葉どおり、自分たちを狙うブラッジャーが一つ減って攻めやすくなったことも手伝って、慈郎は立て続けに手塚から3つのゴールを奪っていた。

 その頃、リョーマと乾はブラッジャーと闘っていた。

「なんか、俺だけ狙われてるみたいっすね」

「ああ。ブラッジャーはできるだけ多くの選手を振り落とすように、魔法をかけられている。特定の誰かを狙うなんてことは、あり得ないんだが……」

 乾がリョーマを守るためにつきっきりになっているために、グリフィンドールでは海堂が一人で宍戸と鳳に対抗し、守りが手薄になっていた。

「まるで、越前に吸い寄せられるようにブラッジャーが飛んでくるなんて……」

 一度捕らえたスニッチの姿も、再び見えなくなってしまっている。が、幸いなことに、跡部もスニッチを見つけてはいないようだった。

「一度、タイムアウトが必要だな」

 乾はリョーマに向かってくるブラッジャーをできるだけ遠くへ飛ばしながら、手塚に目配せをした。手塚もそれを察し、審判をしているフーチ先生にタイムアウトを願い出た。

 乾はブラッジャーからリョーマをかばいつつ、リョーマと共に地面に下りた。そこへ、手塚も下りてきた。

「いったい何が起きている、乾?」

「見ての通りだよ。ブラッジャーの一つが、越前を狙っている」

「どういうこと、乾?」

 不二や菊丸、続いて海堂や桃城も下りてきて、グリフィンドールは全員がリョーマと乾の周辺に集まっていた。

「ブラッジャーがあんな動きをするなんて、俺のデータにもない。何度打っても、まるで吸い寄せられるかのように、ブラッジャーが越前に向かっていくんだ」

 困惑した表情を見せる乾に、菊丸が尋ねた。

「まさか、誰かが細工したとか?」

「……それは考えられないな。最後の練習の後、ブラッジャーはフーチ先生の部屋に、鍵をかけて保管されている。練習の時は何も異常はなかったからな」

 が、乾は首を横に振ってその推理を否定した。

「試合前は、な。だが、試合中に誰かが何か仕掛けたのだとしたら?」

「それってつまり……」

 手塚の言葉に、桃城が呟いた。

「前の不動山戦の時に、越前の箒に魔法がかけられたように、誰かがブラッジャーに魔法をかけてるってことっすか?」

「断定はできないが、その可能性は否定できないだろう」

「そんな……」

 手塚の言葉に、不二も、他のメンバーも絶句していた。

「となると、ブラッジャーがどうしてあんなことになってるか、調査してもらうか?」

「それって、試合中止ってことっすよね」

 乾の提案に、海堂が気に入らないとばかりに詰め寄った。

「そういうことになるな。没収試合だ」

「そんなの、ヤだよ。せっかくいい調子になってきてるのに!」

「要するに、俺がスニッチを掴めば問題ないんすよね?」

 駄々をこねるように拗ねた様子を見せる菊丸をよそに、リョーマは手塚に尋ねていた。

「そうだな。お前がスニッチを掴んだら、その時点で試合終了だ」

「俺、やるっすよ。このまま没収試合なんて、イヤっすから」

 手塚の言葉に、リョーマはあくまでも試合続行を主張した。

「乾先輩が俺につきっきりになってたら、桃先輩たちが大変なんすよね? だったら、あのブラッジャーは俺が何とかするっす」

「何とかするって、越前……。猛スピードで突っ込んでくるブラッジャーにまともに当ったら、お前もただじゃすまないぞ。それでも続けるって言うのか?」

「あれは俺だけを狙ってるんでしょ? だったら、俺が何とかするしか、ないんじゃないっすか?」

 リョーマは自分よりずっと身長の高い乾を見上げて、穏やかに、けれどどこか厳しい様子で諭すように話す乾に向かって息巻いた。

「自分から危険に身を晒す、というわけか……。その勇気は大したものだが、どうする、手塚?」

 あまり気が進まない、といった様子の乾は、手塚に判断を委ねた。決断を迫られた手塚は、少し考えて言った。

「越前、お前に10分だけ時間をやる。10分でけりをつけろ。それができなければ、フーチ先生に申し出てこの試合は中止してもらう。いいな」

「10分でどうにかすればいいってことっすね? 充分っすよ」

 時間制限はあるものの、好きにしろと言われて、リョーマは満足げな表情になった。大きな瞳に、不敵な色が浮かぶ。

「越前がこう言うからには、勝算があるんだろう。乾、お前も越前には構わずに、海堂と一緒にチェイサーの援護に回れ。ただし、時間だけはカウントしておいてくれ」

「……わかったよ」

 手塚にそう言われては、乾に反論の余地はない。結論が出たところで、フーチ先生が様子を見に近づいてきた。

「試合は続けられそうなの?」

「はい、ありがとうございました」

 フーチ先生に頭を下げて、キーパーのポジションへ戻る直前。

「これから先は、1点も取らせない。お前たちは安心してプレーしろ」

 手塚は集まっていたグリフィンドール選手全員に向かって、そう宣言した。





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