Chapter:16 頂上決戦! 青学vs氷帝 前編
クィディッチ競技場は、大変な騒ぎになっていた。
なんといっても、その日の試合は無敗同士のグリフィンドールとスリザリンが対戦するのである。勝った方が首位に立つ、という大事なゲームだった。
……というのは一般的な見方だが、騒ぎの種はそれだけではなかった。スリザリンサイドの観客席に、びっしりと、とある人物のアップが描かれたノボリが並んでいたのである。
「……相変わらずだねぇ、スリザリンは」
「スリザリンが、ではなく、アイツがだろう」
実況担当のハッフルパフ千石がのんびりと呟いた言葉に、解説担当のハッフルパフ橘が冷静な突っ込みを入れた。
その人物は、他の選手たちが全員スタートポジションに着いたというのに、まだグラウンドに登場していなかった。
「氷帝! 氷帝! 氷帝! 氷帝!」
「跡部! 跡部! 跡部! 跡部!」
どちらかというと、男子生徒の声の方が多いコールが響き渡っている。
選手も観客も、全員が彼の登場を待っていた。
天下無敵の俺様男、スリザリン5年のシーカー、跡部景吾である。
「な、なんなんすか、あれ?」
「まったく、本当にしょーがねぇ男だな、奴さんは」
面食らった様子の堀尾に、ハグリッドがやれやれ、とため息をついた。
「跡部はいつもあんな調子だからね。スリザリンの試合の時は、毎回こうなんだよ」
骨折のためポジションを乾に譲った河村が、苦笑した。怪我の方はもう治っているのだが、大事を取っての休場となっているのだ。
「出てくるのに時間かかるからな、跡部は」
そして、階段から落ちそうになった妊婦さんを助けて、腕に怪我をした大石が河村に続いた。こちらの方も、怪我はすでに治っているが、大事を取っている。
「毎回これとは、そんなに凄いんですか、跡部さんって」
「まぁ、凄いのは認めるけどね」
「あれさえなければなぁ」
リョーマを応援するためにグリフィンドール席に来ている、レイブンクローの葵剣太郎に尋ねられて、大石と河村がさらに苦笑を深めた。
「あれ?」
カツオが呟いた時、ようやく跡部がゆっくりと箒に乗ってグラウンド上に姿を見せた。
「きゃぁぁぁーーーーっ!!! 跡部様ぁぁっ!!!」
「うぉーーーっ! 跡部さぁぁーーーんっ!」
黄色い声援と、黒い歓声が同時にグラウンド上に響き渡った。それに重なるように、跡部コールが響いた。
「跡部! 跡部! 跡部! 跡部!」
ゆっくりとグラウンドを旋回しながら、跡部は右手の人差し指を立てて、上へ突き上げた。その瞬間、コールが変わった。
「勝つのは氷帝! 勝つのは氷帝! 勝つのは氷帝! 勝つのは氷帝!」
グラウンドを半分ほど回った所で、跡部は上へ突き上げた右手を水平に下ろした。すると、またコールが変わった。
「勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部!」
そしてグラウンドを1周した所で、跡部は箒から両手を離して水平に広げた。するとまたまた、寸分違わぬタイミングでコールが変わった。
「勝つのは氷帝! 勝者は跡部! 勝つのは氷帝! 勝者は跡部!」
そのコールが続く中、跡部はさらにグラウンドを旋回する。そしてようやくシーカーのポジションに着いて、再び右手を上へ上げた。
「勝つのは氷帝! 勝者は……」
跡部が上へ上げた右手で指を鳴らすと、瞬間声がピタリとやんだ。
かと思うと、跡部は着ていた緑色のローブを脱いで、バサッと上へ投げ上げた。
「俺だ!」
「うぉぉぉーーーっ!!! 氷帝! 氷帝! 氷帝!」
「きゃぁぁぁーーーっ!!! 跡部様ぁぁーーっ!」
黄色と黒い歓声が上がる中、跡部の真後ろに落ちていくローブをすっと移動した樺地が受け取って、再び着せかけた。……試合は、ローブを着用していなければいけないのである。
が、そんな様子は跡部に必死の歓声を送る生徒たちには見えていないようだった。
「な、なんなんすかぁ……?」
堀尾は完全に呆気にとられていた。他のカツオ、カチロー、剣太郎や太一も同じようにポカンとして口を開けていた。
そして、大石と河村は半ば呆れたように苦笑し、ハグリッドは頭を抱えていた。
「あいつ、あれさえなけりゃなぁ」
河村が呟いた言葉を、今度はハグリッドが口にしていた。
「さぁ、ようやく選手が全員揃いました。やっと試合開始です」
千石が半ば呆れたように話すと、今日の審判であるフーチ先生が手塚と跡部に握手するように指示した。
「もういいのか」
「ああ、満足だ」
ド派手な跡部のパフォーマンスを見ても、眉毛一つ動かさない手塚に尋ねられ、跡部は満足げに頷き、互いに拳を軽く当ててそれを握手に代えた。
そんな二人の様子を見て、フーチ先生は開始の合図をした。
「正々堂々と戦うんですよ!」
フーチ先生が箱を蹴ってスニッチと2つのブラッジャーを解き放ち、クアッフルを投げ上げた。そのクアッフルを、瞬間移動したのかと思うほどのスピードでキャッチしたのは、スリザリン3年のチェイサーでおかっぱ頭の向日岳人だった。
「青学か、たいしたことなさそうやん?」
グリフィンドール陣地へと攻め込んでいく向日に、まったりと呟きながら忍足がついていく。リョーマが乗っているのと同じ、競技用の箒としては現在最速のニンバス2003を全員が装備しているスリザリンは、目にも留まらぬ速さで飛んでいた。
「やはり、データ以上に速いな」
「乾ぃ、落ち着いてる場合じゃないにゃぁ。どーすんの?」
「心配するな。とりあえず練習どおり、お前と桃で連中をかき回してやれ。俺も援護する」
「わかったにゃ」
同じフィールド上で棍棒を握り、司令塔兼ビーターとして出場している乾の指示を受けて、菊丸と桃城は向日からゴールを守った手塚の下へ飛んでいった。菊丸はアクロバティックな動きで忍足と向日のコンビネーションをかき乱し、桃城は忍足をピタリとマークした。
「あかん」
すると、向日からパスを受けていた忍足は桃城を警戒して、近くを飛んでいた向日にパスを出した。そこへ、乾が正確に向日を狙ったブラッジャーが飛んできた。のだが。
「へっ!」
ブラッジャーが襲い掛かってくるのに気づいた向日は、箒から手を離し、ついでに忍足にクアッフルを戻し、空中で飛び上がって股下を抜けるブラッジャーをかわし、再び箒に戻った。
「なにっ!?」
「なんて身のこなしなんだ」
桃城や乾が驚く中、さらに忍足からパスを受けた向日は宙返りのようなパフォーマンスを見せ、もう一度手塚が守るゴールを狙った。
「ふっ、菊丸の中途半端なアクロバティックが、向日のプライドを刺激したらしいぜ」
「出た、向日さんのムーンサルト!」
余裕の表情でフィールドを飛ぶ跡部が呟き、スリザリンの観客席から歓声が飛ぶ中、向日はすぐ側でそれを見ていた菊丸に向かって、不敵な笑みを見せた。
「おい、菊丸。もっと跳んでみそ」
明らかに、菊丸に対抗意識を燃やしている様子だった。
向日が菊丸を挑発している隙に、手塚がセーブしたリバウンドのクアッフルは不二がキャッチしていた。不二は桃城に目配せをして、追いすがる忍足をかわしながらあっという間にスリザリンゴールへと迫っていた。スリザリンの3人目のチェイサーである芥川慈郎は、器用にも箒にまたがったまま眠っているようだった。
不二と桃城がスリザリンゴールへ向かっていくのを見送って、ふいに跡部が指をパチンと鳴らした。すると、かなりの距離があるにもかかわらず、ゴールを守る樺地の耳には届いたのか、樺地は巨体をピクンと揺らしてその音に反応した。
「樺地、雑魚はさっさと片付けてしまえ。1点も取らせるな」
「はいぃ……」
どうやら、跡部の声だけはどこからでも聞こえるらしく、樺地はうつろな目で頷いた。そして不二が放った、急激にボールがカーブして消えたように見えるカットシュートを、その巨体からは想像もできないほどの俊敏な動きを見せてキャッチした。
「ふ、不二のあのシュートを……」
「止めた!?」
その動きには、観客席にいた大石や河村を驚嘆させた。
「勝つのは氷帝、です」
「うお!?」
「か、樺地がしゃべったで……」
「あいつ、人間の言葉がしゃべれたのかよ」
それ以上に、樺地が呟いた一言に、向日や忍足、ビーターの宍戸らチームメイトを驚嘆させていた。
「それにしても、全然動きがないねぇ、今日の試合は」
「まさに、一進一退の攻防、といったところだな」
少し抜けたような千石の実況に、厳格そうな橘が相槌を打つ。
試合開始から5分経っても、両チーム共に無得点だった。グリフィンドールは手塚が、スリザリンは樺地が好セーブを連発し、相手チェイサーたちに1点も得点させなかったのである。
「ま、スリザリンの芥川君は相変わらず寝ちゃってるみたいだけど」
千石が指摘したとおり、芥川慈郎は箒にまたがったまま寝ていた。目は開いていて、時々間近を掠めていくブラッジャーや、チェイサーや、ビーターたちを避けることはできるのだが、意識が起きていない様子だった。
「ったく、ジローのヤツ、いつまで寝てやがるんだ」
「しょーがないっすよ。いつものことっすからね、ジローさんは」
ミリ単位でコントロールできる乾と、打てば必ずカーブする海堂が打ってくるブラッジャーを打ち返しながら、ビーターの宍戸亮と鳳長太郎がニアミスするついでに会話を始めていた。
「っていうかこの調子なら、攻めるのは忍足さんと向日さんだけで十分なんじゃないっすか?」
「それもそうだな」
鳳が視線を移した先では、忍足と向日がグリフィンドール陣地に攻め込んでいた。向日がアクロバティックな動きで桃城や不二をかき乱し、忍足は広い視野と冷静な判断力で的確に彼らの死角を突いていたのである。
「それにしても、相変わらず嫌なコースに打ってくるっすね、あの人」
「乾か。ったく、今年は海堂に譲って引退したって話だったんだけどな」
「あ……また忍足さんのパスコースに……」
乾はフィールド全体を見回して、ただ味方を守るだけでなく、相手チェイサーの嫌がる位置へとブラッジャーを打っていた。それを見て、宍戸は不敵に笑った。
「だが、おめぇにはアレがあんだろうが、長太郎」
そして、そう言い残してスリザリン陣地へ飛んできたブラッジャーを打ち返しに、宍戸は飛び去っていった。
「そうっすね。そろそろ、連中を黙らせてやりましょうか」
それを見送って、鳳は軽く頷いた。そして、海堂がブラッジャーを打ったのを見て、飛んでくるコースに回りこみ、気合を入れて棍棒を握り直した。
「一球…入魂っ!!!」
大声で言いながら、鳳は力いっぱい棍棒を振ってブラッジャーをグリフィンドール陣地へと打ち返した。
「は、速いっ!?」
打ち返されてきたブラッジャーに、乾が驚愕の表情を浮かべた。反応することもできず、乾はただ鳳が打ったブラッジャーを見送った。
「な、なんだ……今のは?」
猛スピードで打ち出されたブラッジャーが再びスリザリン陣地へ戻ると、鳳は再び「一球入魂!」の掛け声とともにブラッジャーを力いっぱい打ち返した。すると、ブラッジャーはグリフィンドール陣地へは飛ばず、逆にスリザリンチームのゴールを守る樺地に向かって飛んでしまった。
「ばぁうっ!」
間一髪で樺地がそれをかわすのを見て、跡部は呆れたように呟いた。
「ったく鳳のヤロー。あのスカッドショットのスピードは大したもんだが、コントロールは相変わらずだな」
余裕の表情を見せる跡部だったが、鳳の打ったブラッジャーが今度は自分の方へ飛んできて、慌てて避けた。
「おい、鳳! てめぇ、どこ見て打ってやがる!」
「すみません、跡部さん。でも、今日調子いいっすよ」
跡部に叱られながらも、鳳は次々にスカッドショットをグリフィンドール陣地へ放っていった。
そんなスピードショットを連発され、さすがの乾と海堂も押され気味になっていた。二人とも、一度競技場から逸れて、戻ってきたブラッジャーでさえなかなか手が出せなかったのである。
それでも、かろうじて味方選手だけは、ブラッジャーから守っていた。
「あんなショットを打たれたら、仕方ないな」
が、海堂はそんなことで満足する男ではなかった。
「仕方ない、って何すか、先輩。俺はこのまま引く気はねぇっすよ」
口からふしゅー、と息を吐きながら、海堂が呟いた。スリザリン陣地では、ちょうど鳳と宍戸が高さは違えど同じような場所にいて、逆サイドが空いていたのである。そこを狙って、海堂は腕を大きく振り抜いて、ブラッジャーを打ち返した。そして海堂の狙い通り、ブラッジャーは大きくカーブを描いて宍戸の逆を突いた。
が、海堂はすぐに顔色を変えた。
「バカな! なんであのヤロウがあそこにいるんだ!?」
「ほらよ。返すぜ、うらぁっ!」
まるで瞬間移動したかのように、宍戸が絶好のコースに回りこんでいたのである。
「俺はこの一月の間、長太郎のスカッドを受け続けてきたんだ。こんなボール、止まって見えるぜ」
そして、宍戸は不敵に微笑って海堂に向かって言い放った。
「なるほどな。宍戸のヤツ、鳳のあのショットを受け続けることで、反応速度を極限まで高めたということか。なかなかやるな」
海堂に向かってきたブラッジャーを、海堂をかばうようにして割り込んで打ち返しながら、乾が呟いた。
「あんた、感心してる場合じゃねぇだろ」
「相手の力を正確に把握することも、試合の上では大事なことだ」
「けっ、気に入らねぇ」
宍戸の動きと鳳のショットに挑発されて、海堂は頭に血が上っている様子だった。
「俺は好きにさせてもらうぜ」
海堂は乾にそう言い放って、グリフィンドール陣地に向かってくるブラッジャーは全部自分が打ち返す、とばかりに勝手な動きを始めた。
一方、チェイサーの桃城や菊丸たちも、動きがぎこちなくなってきていた。スピードと冷静さで勝る忍足と、菊丸を上回るアクロバティックな動きをする向日にかき回されて、桃城と菊丸の連携が取れなくなっていたのである。
「このままじゃ、まずいな」
不二の必死のフォローも、なかなか追いつかない様子だった。
「い゛い゛ぃぃーーーっ!!」
ゴールの真上から打ち下ろすような桃城のシュートも、樺地に阻まれてしまった。
「すみません、英二先輩」
「いや、俺こそめんご。パス出すの遅かったにゃ」
苦笑して謝る桃城に言い返す菊丸は、いつになくテンションが低かった。
(なんか、元気ないっすね、先輩たち)
そんな攻防から離れた場所で、リョーマは試合展開を見守っていた。試合を見守るついでにスニッチを探しているのだが、その羽音さえ捕らえることはできなかった。
その時である。
「けっ、青学もたいしたことねぇな」
吐き捨てるように言いながら、跡部が自分の顔が描かれたノボリがびっしりと並ぶ観客席へと、猛スピードで飛んで行った。それまで高い場所にいたはずの跡部が急降下したことで、リョーマは一瞬、跡部がスニッチを見つけたのかと思った。
「越前、深追いするな! あれはフェイントだ!」
後ろから乾の声が聞こえたような気がしたが、リョーマはすでに跡部を追って動き出してしまっていた。
「きゃぁぁーーーっ! 跡部さまぁっ!」
「まずっ」
もう少しで観客席に突っ込んでしまう。
そう判断して、リョーマは途中で跡部を追うのをやめた。が、跡部はそのまま歓声の上がる観客席に突っ込んでいき、そして。
激突すると思われた寸前で急停止し、クルリと素早く回転して競技場の方へ向き直り、リョーマをしっかりと視界に捕らえて言い放った。
「俺様の美技に、酔いな」
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