Chapter:15 データクィディッチ
スリザリンと対戦するその週。
張り切った乾の特訓は、熾烈を極めた。
「俺のデータによれば、スリザリンは全員ニンバス2003の最新型箒を使っている。それに対抗するには、俺たちも箒で飛ぶスピードを上げないとね」
以前行われた、21のゲートを1分以内に全て潜り抜け、それを30周する。という練習をさらに進化させ、箒に錘をつけてそれをさせたのである。
「というわけで、今週1週間はその錘つけて飛んでもらうよ。ついでに、今週は1周を50秒で飛んでもらう」
そして、コースアウトした者や、タイムオーバーした選手には、もれなく特製の野菜汁がついてきた。
怪我で練習に出られない大石を除いて、全員がその汁に戦慄した。今度の汁は、自然界には絶対に存在しないであろう青色だったのである。しかも、その汁からは強烈な酸の臭いがしていた。
「な、何なんすか、これ?」
手塚以外の全員が顔を引きつらせる中、乾は淡々と言った。
「疲労回復も兼ねた野菜汁、青酢だ」
「あ、青酢!?」
「ま、まぁ、酢は身体にいいと聞く……」
全員が驚く中、ボソッと呟いた海堂に、桃城がキツイ突込みを入れた。
「ばーか、マムシ。そりゃ黒酢だろうが。よく見ろ、これ青だぞ、青っ!」
「なんだと!? ふしゅー」
バカのみならず、マムシとまで言われ、海堂がキレてしまった。桃城と睨み合うのを、河村がなんとかしてなだめた。
「んな妙なモン、作んないで下さいよ、先輩っ!」
リョーマをはじめとして次々と上がる抗議の声は、乾の眼鏡に反射されて通じなかった。
「練習を始めるぞ。全員、スタートラインに着け。ゲートは、前と同じで5分おきに入れ替わるように設定してある」
口々に文句を言いながらも、手塚に睨まれて観念したようにリョーマたちはスタートラインに着いた。
「じゃ、行くよ。GO!」
乾の合図で、全員一斉にスタートした。何度か練習しているうちに少し慣れてきたのか、全員が難なく10周目までクリアした。そして11周目に入った時。
「うわっ! タ、タカさんっ!?」
「ふ、不二っ!?」
順番が入れ替わったゲートに対応すべく、21番ゲートから1番ゲートへ向かっていた河村と不二が、空中で正面衝突したのである。二人は雪崩れ込むように箒から滑り落ちて、地面に激突した。
「不二、タカさんっ!?」
いち早く観客席から飛び出して、グラウンドへ降りたのは大石だった。続いて、他のメンバーにはそのまま続けるように指示して乾も降りてきた。
河村が不二の下敷きになるようにして、地面へ倒れていた。
「タカさん、タカさん!?」
「大丈夫かい、二人とも?」
河村がクッションになって無事だった不二が、心配そうに声をかける。すると、河村は決まりが悪そうな顔をして頭をかいた。
「大丈夫だった、不二?」
「僕は平気だよ。タカさんは?」
「大丈夫」
不二が無事なのを確認すると、河村は少し安心したような表情になった。が、起き上がろうと地面に手をついた時、河村の顔が苦痛に歪んだ。
「タカさん!?」
腕を押さえる河村に、不二も顔色を変えた。
「ちょっと、見せてくれ」
河村を地面に寝かせたまま、乾は右腕の様子を見た。そして、厳しい顔つきになった。
「折れてるな、これは」
「タカさん……僕をかばって、こんな……」
「心配ないって、――てててててっっ!!!」
赤黒く腫れ上がった場所を軽く触れられただけで、河村は悲鳴を上げた。そんな河村に、乾は首を横に振った。
「この様子じゃ、スリザリン戦は出ない方がいいだろう。大石、すまないがタカさんを医務室へ連れて行ってあげてくれるかい」
「わかった」
乾と大石、二人がかりで河村を抱き起こす。その周りに、手塚の判断で練習を中断した他のメンバーも降りてきた。
「タカさん、大丈夫なんすか?」
「不二をかばって落ちた時に、下敷きになった腕を折ったらしい」
桃城に尋ねられて、乾は簡潔に答えた。リョーマも海堂も、河村の怪我に絶句していた。
「そんな……じゃぁ、次の試合は……」
「その様子では、出られないだろう」
かろうじて言葉を口にした菊丸に、手塚が冷静に答えた。そんな手塚に、桃城が食ってかかった。
「じゃ、じゃぁ、ビーターはどうするんすか!?」
「乾、お前が出ろ」
「……そうするしか、なさそうだね」
手塚の判断は素早かった。自分に下された部長命令に、乾は少し苦笑して頷いた。
「大石、河村を頼む。不二、お前も一応医務室へ行って検査をしてもらえ。他の部員は練習を続けるぞ」
手塚の指示を受けて、大石は不二と河村を連れてグラウンドを出て行った。
そして、一度中断された練習が再開されることになった。
河村の代わりに棍棒を持った乾が、ボールの入った木箱を開けた。鎖にしばりつけられたブラッジャーが、今にも空中へ飛び出そうともがき、ガタガタと木箱が揺れていた。
「越前、悪いけど、今日はこれを使ってくれ」
「これは?」
そして、リョーマの前に乾はいつものゴルフボールを取り出した。
「改良型ゴルフボールだ。あらかじめ、浮遊術の魔法を仕込んでおいたから、俺が杖を使わなくても自分で飛んでくれる」
「ふーん」
「ついでに、色も金色に塗ってみた」
「……そうみたいっすね」
より黄金のスニッチに近づけようとする乾の心遣いは、リョーマにはあまり喜ばれなかった。
そしてグラウンドには、先ほど練習に利用した21のゲートがそのまま残されていた。
「チェイサーは、ブラッジャーの攻撃を避けながら、ゲートをくぐる練習をしてもらう。シーカーは、そんなチェイサーやブラッジャーをかわしながら、ゴルフボールを捜す。ビーターは、ブラッジャーから選手たちを守る。キーパーは、チェイサーと一緒に飛んでくれ」
グラウンドの中央に選手たちを集めて、乾が説明を開始した。
「ブラッジャーと越前がいるから、1周1分30秒に設定する。ゲートも位置はそのままだけど、5分おきに高さが移動するから、気をつけてくれ」
そして、タイムオーバーした場合は、チェイサーとキーパーにはもれなく青酢がついてくる、というわけである。
「制限時間は、越前がゴルフボールを見つけ出すまで、だ。越前がゴルフボールをキャッチした時点で、1セット終了になる。何か質問は?」
「はーい!」
「英二、何だい?」
勢いよく手を挙げた菊丸を、乾が指名した。
「ビーターとシーカーには青酢のペナルティはないんですか?」
あくまでも、自分たちだけが犠牲になるのはいやだ、と主張する菊丸に、乾は少し考えてルールを修正した。
「そうだな。シーカーは、30分以内にゴルフボールを見つけられなかったら、ペナルティ。ビーターは、飛んでいる選手の邪魔をしたらペナルティ、ってことにしようか」
「何っ!?」
「賛成ぃーっ!」
自分にも矛先が向くとわかって顔色を変えた海堂に、桃城が嬉しそうに声を上げた。
「じゃ、ブラッジャー離すよ。皆、位置についてくれ」
菊丸と桃城と手塚がスタート位置に、海堂は左サイドの陣地へ、リョーマはシーカーの定位置についた。それを確認して、乾は右手にスニッチに見立てたゴルフボールを、そして足を蹴る体制にして声をかけた。
「用意……スタート!」
声と同時に、乾は木箱を蹴り上げて、右手に乗せたゴルフボールを浮かせた。
今にも飛び出そうとしていたブラッジャーが、やっと自由になれたと勢いよく空中へと舞い上がる。そしてゴルフボールも、スニッチとまではいかないが、それなりの高速飛行を始めた。
それら全てを見届けて、乾も棍棒を手に空中へと飛び上がる。そして、さっそく菊丸目がけて飛んでいくブラッジャー目がけて突進した。
「左下斜め37度から菊丸を狙う確率83%」
打つ瞬間、乾はわけのわからないことをぶつぶつ呟いていた。
「海堂のブーメランスネイクが桃城に当る確率75%」
「いいコースだけど、外れだ」
ブラッジャーを相手に、ぶつぶつ呟きながらコースを塞ぎ、海堂がいる左サイドの陣地へと打ち返していく。しかも、その表情はどこか楽しそうである。
「な……何なんすか、あれ?」
初めて目にするリョーマは、その様子に面食らってしまった。
「出た出た、乾のデータクィディッチ」
「データクィディッチぃ?」
その時、飛ぶコースの関係で横を通りかかった菊丸が、ワクワクしたような声色で呟いたのがリョーマには聞こえた。
「乾はぁ、いっつも細かーいデータ取ってるにゃ。それで、ブラッジャーの動きとか、分析してるんだって」
「それで、データクィディッチ?」
「それだけじゃねぇ」
次のゲートへ向かっていく菊丸が離れていき、代わりに話し相手になったのは海堂だった。
「乾先輩は、相手チームや俺たちの動きを全部観察してやがる」
「乾のクィディッチはチェスと同じだよ。相手の動きを何手も先まで読んで、予測してプレーするんだ」
その横から、医務室で異常なしと診断された不二が割り込んできた。
「不二先輩。大丈夫だったんすか?」
「うん。タカさんがかばってくれたからね」
リョーマの問いかけに答えて、不二はニッコリ笑顔を見せた。その間に、海堂は自陣に打ち込まれてきたブラッジャーを打ち返しに行った。
「それより、乾の動きをよく見てごらん」
不二に言われて、リョーマは乾の動きに注目した。すると、まるでブラッジャーの飛んでくるコースや、菊丸たちが飛んでいる動きがわかっているかのように飛び、確実に棍棒で打っているのがわかった。
「わかった?」
「わかったっす。そういうことだったんすね」
乾の頭の中には、選手一人一人、そして二つのブラッジャーが動くクセや、コースやスピード。それを分析したデータが詰め込まれているのだ。それを瞬時に引き出し、計算して予測し、無駄のない動きをしている。
「やるじゃん、乾先輩」
「今年はポジションをタカさんと海堂に譲っているけれど。去年までは、卒業した先輩と二人で名ビーターとして名を馳せていたからね、乾は」
「ふーん」
「それより、君は30分以内にゴルフボールを見つけ出さないと、青酢のペナルティがあるんじゃなかったっけ?」
「あ……」
不二の言葉に感心する暇もなく、リョーマは自分に与えられた課題を思い出していた。いつもはコーチ役に徹していて、プレーするのは初めて見る乾の動きに感心している場合ではない。
もし課題がクリアできなかったら、その乾から恐怖の野菜汁を飲まされるのである。
「あんな汁、絶対飲まないっす」
「そう? さっき味見してみたいけど、結構イケるよ」
「……不二先輩、味覚おかしいっすよ」
そしてリョーマはスニッチに見立てたゴルフボールを捜すために。
不二は練習に加わるために、別々の方向へと飛んでいった。
その日の練習は、日が落ちてゴルフボールが見えなくなるまで続けられた。
乾特製青酢への恐怖心から火事場の馬鹿力を発揮したのか、犠牲者は一人もいなかった。
それからも空いた時間は全てクィディッチの練習に費やされる、という毎日が続いて。
いよいよ、グリフィンドールはスリザリンとの闘いを迎えることになった。
というわけで、波乱続きのグリフィンドールでございますが、
ついに乾のデータクィディッチが炸裂!でございました(^^)。
ハリポタdeテニプリを書き始めてから、いつかやりたい、と思っていたんですよ、データクィディッチ。
タカさんにはちょっとごめんなさい、だったのですが、まぁこれもシナリオ通りということで(苦笑)。
さらに、今回は青酢も登場でございます。
本当ならば、青酢を飲んだら不二も倒れなきゃいけないんですが、話の都合上、叶いませんでした。
うう、ちょっと残念(苦笑)。
さて、次回はついに青学vs氷帝の頂上決戦です。
あの方が、ド派手な登場をして下さいますので、乞うご期待!
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