野村拓也石化事件の余波で、クィディッチの試合が延期になった翌日。

 朝食の席で、リョーマは1通の手紙をカルピンに託していた。

「リョーマ君、手紙?」

「ハグリッドに、ちょっとね」

「ハグリッドに?」

「家に来ないか、って」

「へぇ。今日は先輩たちもいないし、ちょうどいいんじゃない?」

 その日は、年に何度か、3年生以上で保護者の許可をもらった学生だけが、ホグワーツに近いホグズミードへ行ける休日だった。ホグワーツ特急の終着駅、ホグズミード駅前に広がる、イギリス国内で唯一マグルのいない街だ。

 そんな理由で、3年生以上の生徒は皆どこか浮かれているようだった。特に、初めてホグズミード休日を経験する菊丸と、ホグズミードそのものが初めての不二は、いつにも増して楽しそうだった。

(ゾンコのいたずら専門店へ行って、いろいろ仕入れてくるにゃ)

(おいおい、ほどほどにしてくれよ、英二)

 昨夜も、談話室ではしゃぐ菊丸に、大石が呆れたような顔をしていたのをリョーマは思い出していた。

 3年生以上の、手塚も乾も大石もいないということで、グリフィンドールの1、2年生たちも羽を伸ばせると、何だか嬉しそうだった。もっとも。

(帰ってきた時に談話室が散らかっていたら、全員グラウンド30周だ)

 と手塚に釘を刺されていたのだが。

「ま、たまにはいっか」

 リョーマは肩に止まっているカルピンの足に、午後から遊びに行く、と書いた返事を巻きつけてハグリッドへ届けさせた。





 午前中のうちに宿題を片付けて、リョーマは城を出た。

 ハグリッドが住んでいる家は、生徒の立ち入りが禁止されている禁じられた森の端にある。そしてそれは、家というよりはただの丸太小屋だった。

 一応ドアをノックすると、ハグリッドが自分でドアを開けてリョーマを迎え入れてくれた。

「おう、よく来たな、リョーマ。ま、入れや」

 中に入って、リョーマは思わずまじまじと見回してしまった。

 小屋の中は一部屋だけで、天井からはハムやきじ鳥がぶら下がっていた。部屋の片隅にはパッチワークキルトのカバーがかかった巨大なベッドが置かれ、その反対側には暖炉がある。

 ドアの横を見ると、石弓と防寒靴が置かれていた。

「よく来てくれたな、リョーマ。いつ来てくれるのかと待っとったよ」

「仕方ないじゃん。宿題は山ほどあるし、乾先輩はやたら張り切って練習させるしで、忙しかったから」

「それもそうだな」

 身体に見合って大きな声で笑いながら、ハグリッドはリョーマにかぼちゃジュースを出してくれた。小屋の裏にある野菜畑で、ハグリッドが自分で育てたかぼちゃで作ったのだという。

「へぇ、野菜畑なんてあるんだ」

「おう、あるぞ。最初は俺が一人で育ててたんだが、3年ほど前からお前さんとこの乾も、俺を手伝うついでに自分でいろいろ育ててるよ」

 それを聞いた瞬間、リョーマはいつも乾が嬉々として作る野菜汁の材料が、どこから調達されているのかを理解した。

「しっかし、お前さんは本当に恵まれとるよ。今のグリフィンドールは、歴代でも最高のメンバーが揃っとる。南次郎がいた頃よりもな」

「ふーん、そうなんだ」

 そっけなく頷き返しながらも、リョーマはハグリッドがそう言うのもわかるような気がしていた。

「ま、あの部長が仕切ってるからね」

「ああ。奴さんの魔力は、並大抵のもんじゃねぇ。いずれ、ダンブルドアくらい偉大な魔法使いになるだろうな。乾も、あの年で薬草学と魔法薬にかけちゃぁ、ほとんど完璧だ。大石も、地味だけど根はイイヤツだし、河村もいい男だ。まぁ、菊丸と不二はちっとふざけ過ぎるところがあるな。俺はあの二人を森から追っ払うのに、人生の半分を費やしてるようなもんだ。ま、まだかわいいもんだけどな」

「そうだね」

 ハグリッドは、リョーマが寮で他の寮生たちとうまくやっているか。学業で問題はないか。クィディッチのチームでどんな練習をしているか、いろいろとリョーマから聞きたがった。

 ハグリッドが出してくれたロックケーキは歯が折れそうなほど硬くて、とても食べられたものではなかったが、リョーマは一応美味しそうな顔をした。普通の相手ならば、遠慮なく不味いと言っているところだが、さすがにホグワーツに来るに当って世話になったハグリッド相手には、気が引けてしまったのだ。

 そしてハグリッドから珍しい動物の話を聞かされているうちに、リョーマはふと思い出した。

 大石と桃城と、3人で迷い込んでしまった立ち入り禁止の廊下で見かけた、3つの頭をもった巨大な犬のことを。

「そういえばさ、ハグリッド」

「なんだ?」

「頭が3つもある、でっかい犬って知ってる?」

「うん? なんだ、フラッフィーのことを言ってんのか?」

「へぇ、フラッフィーっていうんだ、あの犬」

 ハグリッドは、まんまとリョーマの誘導尋問に引っかかっていた。

「あいつは去年パブで会ったギリシャ人のやつから買ったんだ。それで、俺がダンブルドアに貸したんだよ。守るために……」

「守る? って、何を?」

 リョーマに食い下がられて、ハグリッドは顔色を変えた。

「もう、これ以上は聞かんでくれ。重大秘密なんだ、これは」

「重大秘密、ね」

 ぶっきらぼうに言うハグリッドに、リョーマはそっけなく言い返した。

「お前さん、フラッフィーに会ったのか」

「うん。って、わざと入ったわけじゃないんだけどさ」

 リョーマは、前に立ち入り禁止の廊下に入り込み、フラッフィーに会った経緯をハグリッドに話した。

「ミセス・ノリスとフィルチを巻くのに走り回ってたら、いつの間にかそこにいた、ってわけ」

「なんてこったい。大石がついてながら、そんなことになっちまうとはな」

 リョーマの話を聞いて、ハグリッドは思わず頭を抱えていた。

「俺も、大石先輩がいなかったら、多分わかんなかったと思うよ。あの、足元の隠し扉」

 そしてリョーマが隠し扉の事を口にすると、ハグリッドはリョーマの肩を大きな手で掴んで力説した。

「リョーマ、悪いことは言わん。それ以上、あのフラッフィーには近寄らんことだ」

「重大な秘密だから?」

「そうだ。お前さんが知らんでもいいことだ。だいたい、今年は秘密の部屋だの、妙な事件だのが続いとるんだ。もし、お前さんの身に何かあったら、俺は……」

 ハグリッドは心底リョーマを心配しているようだった。

「いいな、リョーマ。くれぐれも、無茶なことはせんでくれ。お前さんにもしものことがあったら、俺はダンブルドアに顔向けできん」

 懇願されて、リョーマはそれ以上何も聞けなくなってしまった。

「これ以上、フラッフィーのことに関わるんじゃねぇぞ。あれは危険なんだ。あの犬のことも、犬が守ってる物のことも忘れるんだ。あれはダンブルドア校長とニコラス・フラメルの……」

「ニコラス・フラメル?」

 切々と語るハグリッドの言葉を遮るように、リョーマがおうむ返しにすると、ハグリッドは自分が口を滑らせてしまったことに気づいた。そして、自分自身に腹を立てているような顔をした。

 大きな身体を丸めるようにして、落ち込むハグリッドを見ていると、リョーマはこれ以上あれこれと聞いて話をさせるのは、なんだか悪い気がした。

「わかったよ。俺には関係ないことで、首を突っ込まなきゃいいんでしょ」

「あ、ああ……」

「じゃ、俺そろそろ帰るから。また遊びに来る」

「リョーマ……」

 なおもうなだれるハグリッドの肩を軽く叩いて、リョーマは立ち上がった。そしてふと、テーブルにまだロックケーキが残っているのを見て、それをいくつか手に取った。

「これ、もらって行くね。寮で桃先輩たちと一緒に食べるから」

「あ、ああ」

 自分を気遣うリョーマの言葉に、ハグリッドが顔を上げた。少し浮上したのを見て取ると、リョーマはハグリッドの小屋から出て行った。





 グリフィンドールの寮に戻ると、談話室がちょっとした騒動になっていた。

 ホグズミードから3年生以上の生徒たちが戻ってきていたが、どこか落ち着かない様子だった。

「あ、リョーマ君。大変だよぉ」

 合言葉を唱え、竜崎スミレに入り口を開けてもらって談話室に入るや否や、カチローがリョーマに声をかけてきた。

「大変って、何が?」

「大石先輩が、大石先輩が!」

 カチローは動転していて、まともに話が聞けそうになかった。談話室を見回してみると、菊丸も不二も、乾も手塚も戻っていたが、4年生二人の姿がない。

「桃先輩、大石先輩と河村先輩、どうしたんすか?」

「ああ、どこ行ってたんだ、越前?」

「ちょっと、用事あったんで」

 桃城に逆に聞き返されて、リョーマは適当にごまかした。

「それより、大石先輩が何か大変だって話、聞いたんすけど」

「ああ、そうなんだよ。大変だぜ」

「だから、何がどう大変なんすか?」

「大石先輩、ホグズミードで階段から落ちそうになった妊婦さんを助けて、腕に怪我しちまったんだよ」

「はぁ?」

 腕に怪我を負ったこともさることながら、その理由にリョーマは少し面食らっていた。

「妊婦さんを助けたんすか?」

「らしいぜ。階段から足踏み外して、落ちてきた所を抱きかかえようとして受け止めそこなった、って河村先輩が」

「で、怪我の具合はどうなんすか?」

「捻っただけだよ。もっとも、捻り具合がちょっと激しかったから、次の試合には出られないけどね」

 リョーマの質問には、飲み物の入った瓶を差し出しながら乾が答えた。

「乾先輩……」

「お土産のバタービールだ。ビールと言っても、アルコール度数は0%に近いから、越前が飲んでも大丈夫だ」

 見上げると、乾は桃城とリョーマにその瓶を手渡して、続けた。

「今、タカさんに付き添われて医務室に行ってるよ。今夜は、医務室に泊まりだな」

「そんなに酷い捻挫だったんすか?」

「みたいだね。まぁ、折れてはいないようだけど」

 桃城の問いかけに答えながら、乾は定位置になっている肘掛け椅子に座った。

「だから、週末のスリザリン戦には桃、お前が出ることになる。今度の試合のチェイサーは、英二と不二と、お前だ。大石の分まで、頼むぞ」

「わかったっす」

 桃城は、神妙な面持ちで頷いた。

「……というわけで、フォーメーション練習をしないといけないな、手塚?」

「ああ」

 乾は、すぐ後ろを通りかかろうとした手塚を呼び止めた。

「ついでに、スリザリン対策もやっておかないとね。あそこは、ハッフルパフやレイブンクローとはレベルが違う」

「明日、グラウンドを使えるようにしておいた」

「さすがに早いね、手塚は」

 無表情に答える手塚に、乾は軽く笑いかけた。

「ってことは、明日は特訓ってわけっすね?」

「特訓はいいっすけど、汁は勘弁してほしいっす」

 勢い込む桃城に、リョーマは吐き捨てるように呟いた。すると、リョーマの呟きを聞きつけた乾が、不気味にその眼鏡を光らせた。

「安心しろ、越前。明日はとっておきの野菜汁を用意するつもりだ」

「とっておきは構わないが、ほどほどにしておけよ」

「っていうか、マジでやめてほしいっす!」

 手塚の意見と桃城の抗議は、乾の耳には届いていないようだった。

(明日、いったいどんな汁が出てくるんだろう? ま、どんな汁でも、俺はぜぇったい飲まないけどね)

 リョーマは、乾の特製野菜汁に気をとられてしまって、ハグリッドから聞き出した話のことは記憶のかなたへ飛んでしまっていた。





ノムタクに続き、今度は大石ということで、受難続きの“世界のTK”でございました(笑)。
キャラマキシでご本人が自白するまで、全然知りませんでしたよ。
ノムタクも大石も、どっちもK藤T行さんだって(笑)。

それにしても、事件が相次いでいるグリフィンドールですが、
二度あることは三度ある!ということで次回もちょっと大変です。
でもって、今までサポート役に徹していたアノ人が、ついに選手として参加します!
てなワケで、次回もお楽しみに(^^)。





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ハリー・ポッター
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Chapter:14   ハグリッドの小屋とアクシデント

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