Chapter:11 笑わない男
グリフィンドール寮の談話室には、クィディッチチームの面々が集まっていた。
ブレンド物ならお茶から魔法薬まで何でもOK、という乾が煎れた紅茶を飲みながら、河村が作ったマフィンをつまんでのティータイムである。
「ずーっと思ってたんすけど、手塚部長って笑ったことあるんすか?」
1年生にして、グリフィンドールチームのシーカーである越前が、ポロリと口にする。その爆弾発言に、2年の桃城や3年の菊丸が、大げさなリアクションを見せた。
「え、越前、そりゃぁ言っちゃいけねーな、いけねーよ」
「そうだよぉ。触らぬ手塚に祟りなし、って言うだろ?」
「英二、それを言うなら触らぬ神に祟りなし、だよ」
ニッコリ笑顔で不二に訂正されて、横目で睨む手塚の視線に気付いた菊丸はおとなしくなった。
「でも確かに、手塚が笑ったところって見たことないよな」
4年の大石が、マグカップを両手で包み込むように持って、同意する。
「え、先輩も見たことないんすか?」
4年間一緒にいて見たことがないとはよほどのことだ、と言わんばかりに1年の堀尾がすっとんきょうな声をあげた。もともと声量があるだけに、その声は談話室中に響いた。
「大石だけじゃなくて、グリフィンドール全員、いやホグワーツ中の人間が見たことないんじゃないかな?」
「試合に勝っても、笑わないからな、手塚は」
「俺見たことあるよ」
おっとりと話す不二と、それに同意する河村に反応して、問題発言をした5年の乾に、一斉に視線が集中した。
「見たことあるんすか、乾先輩!?」
「ああ」
興味津々といった様子の桃城の声に、木苺のジャムをたっぷりのせたマフィンを口に運んで我関せずの姿勢を見せつつも、同学年の海堂が聞き耳を立てていた。
「いつ、どこで見たの!?」
「それはぜひとも聞きたいな、乾」
菊丸、不二の悪戯好きな3年生コンビが身を乗り出して乾に詰め寄った。
「言ってもいいけど……後で俺が手塚に叱られるからなぁ」
そう言いながら、乾は手塚に流し目を送る。手塚は、勝手にしろ、と言わんばかりにマグカップを口に運んだ。
「先輩、そうもったいぶらないで教えて下さいよぉ」
話すのを渋る乾に対して、堀尾も詰め寄り組に加わった。
「そうそう。ぶっちゃけちゃいましょうよ、乾先輩」
「いったい、いつ見たんだい? 手塚が笑ったところ」
桃城と大石も加わって、さんざん期待を煽った末に、乾はようやく話し始めた。得意げに、眼鏡をクイ、と上げて口を開く。
「3年の呪文学で習うから、大石とタカさんはもう知ってると思うんだけどね。学期末試験で元気の出る呪文をかける、っていう課題が出たんだ。それで、俺と手塚が組んだんだよ」
元気の出る呪文は、かけられるとニコニコ笑って大満足に浸れる、という魔法である。二人一組になってそれをかけ合う、というのが試験だった。
「それで、手塚が笑ったの?」
「一応ね」
「えー、どんな感じだったんすか!?」
手塚と海堂を除く、談話室にいる連中全員が、今や乾の座る肘掛け椅子の周りに集合していた。
「知りたい?」
「当たり前だろぉ! 乾ぃ、もったいぶらずに教えてよぉ」
こらえ性のない菊丸が話の先を促す。乾は、分厚いレンズの入った黒縁眼鏡を不自然に反射させて、続けた。
「あの魔法、魔力の強い者がかけたら相当強力でね。1時間くらい笑いが止まらなくなった、なんて話もあるくらいなんだけど」
ちなみに、その1時間くらい笑いが止まらなかった事件は、スリザリンで発生していた。被害者は、スリザリンの監督生で乾・手塚と同学年の跡部景吾である。
事の経緯はこうである。試験で跡部と組んだスリザリンの天才、忍足侑士が緊張のあまり呪文をかけすぎてしまった。その結果、跡部は彼独特の高笑いが止まらなくなり、1時間ほど静かな部屋に隔離され、時間を遅らせて試験を受けたのだ。1時間ぶっ通しで笑い続けた結果、跡部は声が枯れてしまい、忍足はしばらく口も聞いてもらえなかったらしい。
らしい、というのは乾が噂話としてスリザリンの生徒から聞いたからである。
「で、手塚はどうだったの?」
続きをねだる不二に、乾は苦笑した。
「手塚は、俺より魔力が強いからね。俺の魔法に対しては抵抗力がある。それに、俺は忍足みたいに緊張してかけすぎた、なんてヘマはしなかったから」
乾は、興味津々の部員たちを見回して、明らかにもったいぶった話し方をした。5年間の付き合いで、乾がこういう話し方をする時にはろくなことがない、と学習している手塚はひっそりとため息をついた。
「あんまり笑わなかったとか?」
「いや、ちゃんと笑ったさ。これでも、グリフィンドールの5年で手塚の次に魔力が強いのは、俺だからね」
言って、乾は一口紅茶を飲んで、喉を潤した。
「それで?」
「それでって?」
「手塚の笑った顔って?」
「写真とか、撮ってないんすか? こっちのって、動いたりするんでしょ?」
マグル界で育ち、今年入学したばかりで魔法界のことをあまり知らない越前が、確認するように尋ねてくる。乾は首を横に振って答えた。
「撮れるわけないだろ。試験だったんだから」
「当ったり前だろー、越前。何言ってんだよ」
「うるさいよ、堀尾」
1年生同士での言い合いが始まる中、乾は先を続けた。
「手塚って、ほら。普段から無表情で仏頂面だろう? だから、笑うには笑ったんだけどね」
「ニコニコ笑いまではいかなかった、とか?」
河村が同意を求めるように話しかける。乾は小さく頷いた。
「満面の笑み、とまではいかなかったな。なぁ、手塚?」
手塚の神経をわざと逆撫でするように、乾はわざわざ手塚に同意を求めた。全員の視線が集中する中、手塚は無表情のままで不機嫌そうに答えた。
「わざわざ訊いてくるな。悪趣味なヤツめ」
「普段がその仏頂面だからね。普通に表情のある人間なら、ちゃんと満面の笑みになるんだけど、手塚だけ微笑で終わっちゃって」
「でも、あの呪文って結構効力あるよな?」
かけたことも、かけられたこともある大石が、同学年の河村に同意を求める。
「ああ。それに乾なら、まともにかかったらかなり強力なはずなんだけど」
「それが、微笑で終わったって事は……」
「手塚らしすぎるね」
「よっぽど表情乏しいんっすね、手塚部長」
ボソッと口にした越前の一言に、手塚を除くほぼ全員が笑い出す。話に背を向けて、聞いていない振りをしている海堂も、笑いをこらえるのに必死の形相だった。
「周りが声上げて笑ったりしてる中で、一人だけ口元と目元が少し緩んだ程度だったからね。かえって面白かったよ。フリットウィック先生も、別の意味で感心してたな」
「え、何々?」
「この呪文を受けて、この程度にしか笑わない生徒は、自分が教えるようになってからは初めてだ、って」
最初は、乾の呪文が弱いのか、とその優秀さを認めるフリットウィックですら疑った。が、乾の呪文が弱いのではなく、手塚の抵抗力が強いわけでもなく。手塚の表情がもともと乏しいのだ、という結論に至り、そう感想を漏らしたのだ。
以来、3年生にこの元気が出る呪文を教える際、フリットウィックは1時間笑い続けた跡部と共に、対照的にほとんど笑わなかった手塚の話を生徒に聞かせるようになった。それは彼らが卒業してからも、数十年に渡って語り継がれることになるのだが、それはまた、別の話である。
「あれ、ということは?」
今思い出した、といった風情で河村が呟く。それに大石が続いた。
「そうだ。今思い出したよ。この呪文で微笑しただけの生徒って、やっぱり手塚のことだったんだ?」
「やっぱり、って大石その話聞いてたの?」
クィディッチでコンビを組む菊丸から尋ねられて、大石は大きく頷いた。
「ああ。授業中にそんな話を聞いたよ。先生は名前まで言わなかったから、もしかしたら、と思っていたんだけどな」
「なんだ、フリットウィック先生、そんな話してたんだ?」
「うん、よっぽど手塚と跡部のこと、インパクト強かったんだろうね」
「だって、手塚部長とあの跡部さんっすよ? 無理ないっすよー」
笑いながら言う桃城につられて、桃城と同学年の荒井や林も声を上げて笑った。
その笑いを一気に鎮火させたのは、唯一笑わない男だった。
「お前たち、そろそろ就寝時間だ。部屋に戻れ」
「え? もうそんな時間だっけ?」
地獄の底から響くような低い、だがよく通る声で言う手塚に、乾がとぼけたように言い返す。手塚は力いっぱい乾を睨みつけた。
「お前たち、明日グラウンド50周したいか?」
「げっ、手塚ぁ。それは酷いよぉー」
「そうだよね。ホント、鬼部長なんだから」
3年コンビが抗議の声を上げるものの、もちろん聞き入れられるはずもなく。走らされるのは勘弁してくれよ、と口々に言い合いながら集まっていた面々は各々の部屋へ引き上げていった。
後に残されたのは、手塚と乾の監督生二人である。
「あーあー、皆自分の飲んだカップはちゃんと片付けて行ってほしいよね」
マフィンの食べ残しや、飲み残したマグカップもそのままになった談話室を見渡して、乾がボヤく。ブツブツ言いながらも、マントの下から杖を取り出して、皿やカップに魔法をかけてはシンクへと飛ばしていく。その手際は、見事なものだった。
「乾、人をからかうのもいい加減にしろ」
「罰として、グラウンド100周、とか?」
「走りたいなら、走ってもいいんだぞ」
「それは勘弁してほしいね。っていうか、手塚も片付け手伝ってよ」
「断る。俺をからかった罰だ。一人でやれ」
「冷たいな」
苦笑しつつも、乾はあっという間に皿とカップをシンクに集め、残飯を捨て、洗い始めた。もちろん、全て魔法をかけられた物が自動的に動くため、自分の手を動かすことはないのだが。
「でも、あの時は微笑程度でよかったんじゃない?」
「どういう意味だ?」
「君のファンがますます増えて、大変なことになったんじゃないか、ってことだよ」
「戯言はそれくらいにしておけ」
「照れないでよ」
散らばった椅子も魔法で元に戻し、談話室を片付け終えて、乾と手塚は自室へつながる階段を上がる。監督生の部屋は、塔の最上階にある個室だ。辿り着くには、まだ長い階段を上がらなければならなかった。
「でも、手塚を笑わせたかったら、魔法なんか使わずに、自分で努力しないとね」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だけど?」
2段下から見上げてくる手塚に、乾は流し目を送る。
「君の笑顔は、それだけ特別だって事だよ」
だから、それなりの努力が必要だってことさ。
そう言って笑う乾に、笑わない男はほんの少しだけ、口元を綻ばせた。
というわけで、10章突破記念の特別番外編でございました(^^)。
実は、ハリポタdeテニプリを書き出す前に、設定や雰囲気を掴むため、最初に書いたのがこのお話でした。
いつアップしようかと考えていたんですが、10章突破記念ということで、11章として掲載することにしました。
なお、結末部分で「おや?」と思われた勘がいい方もいらっしゃるかもしれませんが。
この話、この後乾×手塚モードに突入致します。
こちらにアップするにはちと憚られますので、カップリング小説ページにございます。
お手数ですが、乾×手塚追加版をご覧になりたい方は、そちらまでおいで下さいませ<m(__)m>。
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