ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:9   初戦ハッフルパフ  後編

「気に入らねぇな」

 一方的な青学ペースの試合展開に、イライラが頂点に達している男がいた。ハッフルパフの問題児、亜久津仁である。狙ったゴールは全て手塚に阻まれ、人を食ったような菊丸のプレーに邪魔をされ、同じチェイサーである神尾と伊武は初戦ということもあって、動きがイマイチだったのだ。

「てめぇ、それ、貸せよ」

 半ばキレかかった亜久津は、ビーター南の側へ寄っていき、彼が持っている棍棒を奪い取ろうとした。もともと目つきの悪い亜久津が、さらに不穏な空気を漂わせていることに嫌な予感がした南は、棍棒を渡すことをためらった。

「何をするつもりなんだ、亜久津?」

 青学の陣地から飛んできたブラッジャーを叩き返し、南はキツイ口調で言った。すると、亜久津はドスを効かせた声で言い返してきた。

「てめぇにゃ関係ねぇ。いいから、貸せっつってんだろ」

「駄目だ。青学の誰かを故意に狙って打ち返すつもりなら、それは反則だぞ」

「あ? 何言ってやがる、てめぇ。俺に指図すんじゃねぇ」

 亜久津は容赦無く南を殴り、棍棒を奪い取った。そして再び戻ってきたブラッジャーを、狙いすましたように打ち返した。

「てめぇ、さっきからちょこまかと、うぜぇんだよ」

 亜久津が打ったブラッジャーは、菊丸を狙っていた。

「英二!」

「へへへのかっぱ」

 飛んでくるブラッジャーに気付いた不二が注意を促すと、菊丸は軽口を叩いてブラッジャーをかわした。が、体勢を崩して慌てて箒にしがみついた弾みで、抱えていたクアッフルを落としてしまった。

「あ、落とした」

 菊丸が落としたクアッフルを、サポートに回った不二より先に拾ったのは、不動山の伊武だった。伊武はそのまま神尾とパスをつなぎながら青学ゴールへ向かっていたのだが、後ろから猛スピードでやってきた亜久津が邪魔をした。

「貸せよ」

 亜久津は神尾と伊武の間に無理矢理身体を割り込ませ、強引にクアッフルを奪って青学ゴールへ一人で向かっていった。そして手塚と一対一になった。

「なんて奴だ、味方を味方とも思わないなんて」

「放っておいていいのか、橘?」

 そんな様子をハラハラしながら見守っていたのは、棍棒を奪われた南だった。相方のビーター東方と顔を見合わせて、ゴールを守る橘に詰め寄った。が、橘は冷静だった。

「あいつには、あいつなりの考えがあるんだろう。やり方は荒っぽいが、少し好きにやらせてやってくれ」

 そう言って、橘は向かい側の青学ゴールに視線を向けた。すると、ついに亜久津が手塚からゴールを奪い、ようやく不動山に10点が加わった所だった。

「亜久津のゴール、決まっただーねー! ハッフルパフがようやく10点を返しただーねー!」

 実況柳沢の、少し間の抜けた声が競技場に響き渡った。

「へぇ、なかなかやるね、亜久津君。さて、こっちはどうかな?」

 それを見て、のんきな声を出したのは不動山のシーカー、千石だった。リョーマもあちこち位置を変えながら探しているのだが、スニッチはまだ見つからない。リョーマが移動すれば、すかさず千石が付いてくる、という状況がしばらく続いていた。

「スニッチ、見つかりそうかい?」

「見つかっても、あんたには教えないっすよ」

「うーん、結構冷たいなぁ、越後屋君」

「越前っす」

 しばらく不動山の陣地を動き回っていたリョーマは、青学陣地へ戻ってきた。そこへ、急カーブしたブラッジャーが襲い掛かってきた。

「っ!?」

 慌ててよけたリョーマは、あやうく箒から振り落とされそうになった。

「わりぃな、大丈夫か」

 ぶっきらぼうに尋ねてきたのは、海堂だった。練習時に常にバンダナを愛用している海堂は、試合中もバンダナを欠かさないようだった。

「平気っす」

「今、海堂先輩が打ったボール、すごいカーブしましたよね……?」

 その様子を観客席で見ていたカツオが、青ざめた表情で乾に尋ねた。問い掛けられた乾は、平然とした顔で答えた。

「ああ、海堂はね。普通に打っても必ずといっていいほどカーブがかかるんだ。本来、暴れ球と言われるブラッジャーにカーブをかけるのは、結構難しいんだけど……」

「あいつ、根性捻じ曲がってっから、ブラッジャーも曲がるんじゃねぇの?」

 横から、からかうように口を挟んできたのは、1日数度は海堂とケンカをする桃城だった。

「まぁ、それはどうかわからないけど。……ん? どうやら、越前がスニッチを見つけたようだぞ」

 不意に、乾の視線の隅でリョーマが急旋回した。そして真下へ向かったかと思うと、急浮上していく。

「千石へのフェイントか、それとも本当に見つけたのか……」

 誰に聴かせるわけでもなく、乾は呟いた。その瞬間、もう一度急降下しようとしたリョーマがおかしな動きをした。急に動きを止めたかと思うと、箒から身体を振り落とされそうになったのである。

「リョーマ様!?」

「リョーマ君!」

「おいおい、どうしちまったんだ、リョーマ?」

 朋香やカチロー、ハグリッドが口々に叫ぶ中、リョーマは、いや正確にはリョーマが乗っている最新型の箒ニンバス2003が不規則な動きをした。急発進、急停止を繰り返し、上下左右にリョーマを振り回す。

「どうしたんだ、越前の奴?」

「あの動きは普通じゃない。恐らく、越前も意図してやっていることじゃないだろう」

「ってことは、箒が勝手に振り回されてるってことっすか?」

「そういうことになるな」

「でも、そんな……」

 乾は話しながら眼鏡の縁に指を添えて、照準をリョーマに合せていた。箒から振り落とされそうになりながらも、必死で柄にしがみつき、箒を操ろうとするリョーマを見た。

「おい、乾よぉ。お前さん、まさかリョーマの箒に魔法がかかってる、なんて言うつもりじゃないだろうな」

「越前が乗っている箒は、今朝マクゴガナル先生から贈られてきた物です。あの先生が、箒に魔法をかけているとは考えられない」

 長身の乾をさらに見下ろすハグリッドに詰め寄られて、乾は落ち着き払った様子で答えた。

「そりゃ、そうだよな。マクゴガナル先生は、絶対にそんなことはなさらねぇ」

「ええ。だとしたら、考えられることはただ一つです」

「一つって?」

 ハグリッドと桃城、そしてリョーマを心配する1年生たちの視線が乾に集中した。乾はそんな面々を見渡して、ゆっくり口を開いた。

「つまり、今現在、越前の箒に向かって、誰かが呪文を唱えているということだ」

「呪文を?」

「いったい誰が、そんな……」

「ひっどぉーい、リョーマ様に向かってそんなことするなんて」

 口々に言い合う中、乾が推論を言った。

「さぁな。まだ入学して2ヶ月の越前が、誰かから恨みを買っているとも思えないんだが……あの性格だからな。知らない間に反感を買っていたとしても、不思議じゃない」

「それもそうっすね」

 乾の意見に、桃城は神妙な面持ちで頷いた。お世辞にも、越前はかわいい1年生、とは言いがたい雰囲気がある。

「だが、この状況で箒に魔法をかけられる人間というと、観客席にいる確率100%だな」

「どうして、そうなるんすか?」

「呪文をかける時は、目の前にある対象物を凝視する必要がある。試合に出ている選手には、まず無理だ。それに、箒に魔法をかけるには、強力な闇の魔術が必要だ。俺たち生徒には、まず無理だな」

 堀尾に尋ねられて、乾は観客席を見回しながら答えた。試合に出ている選手たちは、常に周りに気を配っていなければならない。なにせ、クィディッチにはボールが4つもあって、うち2つはランダムに飛び回っている暴れ球なのだ。ぼやぼやしていると、ボールに激突されてケガをすることになる。

 この状況で、落ち着いて呪文を唱えられる環境にいるのは、観客席で試合を観戦している人間に限られる。それも、魔法使い見習い状態の生徒ではなく、一人前の魔法使いに。

「今、越前は青学陣地にいるな。呪文が効果を発揮するには、唱えている人間に近くなければいけない。ならば、犯人がいる場所は……」

「リョーマ様から近い場所ってことね、乾先輩?」

 乾の言葉を引き継いで、朋香が鼻息も荒く問い返してきた。絶対犯人を見つけて、とっ捕まえてやる、と言い出しそうな勢いである。

 威勢のいい朋香を見て、乾は楽しそうに微笑して頷いた。

「そういうことだ。越前からそれほど離れていない場所で、瞬きをせず越前を凝視している人間を探すんだ。そういう人間がいたとしたら、そいつが犯人だ」

 乾の指示を受けて、桃城もハグリッドも、カツオもカチローも堀尾も桜乃も朋香も、全員が一斉に双眼鏡を向けた。クィディッチ観戦用の、スローモーション機能付き双眼鏡である。

 観客席で犯人探しが始まった頃、リョーマは相変わらず箒と格闘していた。方向転換をしようにも、箒はリョーマの指示を受け入れない。急に、箒がリョーマの制御を離れてしまったようだった。

 それどころか、空中をジグザグにとび、時々激しく揺れ動いて、リョーマは振り落とされそうになった。

「リョーマ様!」

「リョーマ君!?」

 突然、朋香と桜乃が悲痛な叫び声を上げた。

 箒がグルグル回転し、ついにリョーマは箒から振り落とされて、片手で柄にぶら下がっているだけの状態になってしまったのだ。

「乾先輩、あそこ!」

 リョーマが箒からぶら下がる状態になるのとほぼ同時に、桃城が指差して叫んだ。今乾たちが観戦している場所の、向かい側の観客席だった。

 乾は、眼鏡の縁に指を当てて、桃城が指差した方向に照準を合わせた。

「スネイプっす、見て下さい」

「スネイプ先生?」

 向かいの観客席には、ダンブルドアをはじめとする先生方が座っていた。その後ろの方で、スネイプがリョーマから目を離さず、絶え間なくブツブツ呟いている。

「あれは――! でも、どうしてスネイプ先生が?」

 乾が驚愕の声をあげた。

「なんてヤツなの。リョーマ様の箒に呪いをかけるなんて!」

 朋香も双眼鏡でスネイプを確認し、憤った。

「懲らしめてやんなきゃ!」

「と、朋ちゃん、どうするの……?」

「見てなさい、リョーマ様を助けるのよ」

 戸惑う桜乃に言い置いて、朋香は双眼鏡を押し付け、身を翻した。そしてダッシュで階段を駆け下りていった。

「懲らしめるって、いったいどうするつもりだ、あいつ?」

「さぁ……。でも、小坂田さん、入学前から呪文いくつも使えるみたいだったから……」

 疑問符を浮かべる桃城に、カチローが答える。

 その間にも、グラウンドは大変なことになっていた。リョーマの異変に気づいた青学選手たちが、なんとかしてリョーマを助けようとしたり、万が一落ちた場合に受け止めようとリョーマの下で旋回したりし始め、今やまともにプレーしているのはキーパーの手塚だけ、という状況だったのである。

 もちろん、その隙を見逃すほど不動山の選手も甘くはない。

 千石は「ラッキー♪」と言いながらスニッチ探しに専念し、チェイサーの亜久津はやりたい放題にゴールを狙って手塚から3回もゴールを奪い、神尾と伊武も初試合ながら2ゴールずつ奪っていた。

 かろうじて、ビーターの南と東方は公正さを保ち、青学選手からもブラッジャーから守っていた。

 50−0だった試合は、あっという間に110−70と逆転されてしまっていたのである。

 そしてリョーマも、なんとかもう片方の手を伸ばして柄を掴み、両手でぶら下がれるようになっていた。

「朋ちゃん、早くして」

 もう見ていられない、と桜乃は両手をぎゅっと握り合わせて目を閉じて、俯いてしまった。

 観客席を下りた朋香は、グラウンド周りをダッシュして、スネイプが座っている席の階段を駆け上がっていた。スネイプが座っている、上から3段目に慎重に近づいてうずくまり、杖を取り出した。朋香は慎重にスネイプのマントに杖先を当てて、小さく唱えた。

「ラカーナム  インフラマレイ」

 すると、朋香の杖先からボッと明るく小さな炎が飛び出し、スネイプのマントに燃え移った。そしてあっという間に燃え広がった。

 自分のマントが燃えていることに気付いたスネイプは、鋭い悲鳴をあげて立ち上がった。その時に、振りあげた手に引っ掛けられて、すぐ後ろに座っていたクィレルが椅子から転げ落ちた。

 そして、箒を操作できるようになったリョーマは、ぶら下がった腕で反動をつけて、再び箒にまたがった。

 双眼鏡でその様子を見守っていた桃城は、安心したように呟いた。

「これで、大丈夫だな。後は、お前次第だぜ、越前」

 不動山の千石は、すでにスニッチを視界にとらえていた。リョーマが箒と格闘している間に捕まえようと追いかけているが、なかなか捕まえられずにいる。

「へぇ、あそこにいたんだ」

 再び箒を思い通りに操れるようになったリョーマは、すぐにスニッチを追いかけている千石に気づいた。

「これって、かなりラッキーかも」

 ボソッと呟いて、リョーマは箒を急発進させ、ブラッジャーや不動山選手の邪魔が入る余地もなく、あっという間に千石に追いついていた。

「あれ、なんだ。追いかけてきちゃったんだ?」

「悪いけど、スニッチは俺がもらうっす」

「そうはさせないよ、越後屋君」

「だから、越前っす」

 スニッチは、二人の目の前だった。手を伸ばせば届きそうなのだが、あと数センチの差で届かない。そんな距離を保っていた。そしてお互い何とか相手を出し抜こうと、リョーマと千石は体をぶつけ合って張り合った。

 その時である。スニッチが、急に地面に向かって急降下を始めた。

 リョーマと千石も、スニッチを追って急降下する。そのまま下りたら地面に激突する、というギリギリの所で、千石がついにスニッチを諦めた。が、リョーマはそのまま追い続け、地面に激突する寸前で増したに向けていた箒の柄を上に向け、水平にした。千石が戦線離脱したのも、リョーマは気づいていなかった。ただ、目の前のスニッチに集中していた。

 ――あと少し、あと少しで!

 地面スレスレの高さを飛ぶスニッチを追って、リョーマは柄から手を離し、箒の上に立ち上がった。

「んあっ!」

 そして、スニッチに向かってダイブし、地面に転がりながら口元を押さえた。

「吐くのか?」

 その様子を双眼鏡で見守っていたハグリッドが呟くとほぼ同時に、リョーマの手のひらに金色の物がこぼれ落ちた。口でキャッチしたスニッチを、吐き出したのである。

「グリフィンドールの勝利!」

 それを見届けたフーチ先生が、笛を吹き鳴らして宣言した。

「青学が110−220で勝っただーねー! あの1年生、なかなかやるだーねー」

「スニッチを口でキャッチする、というのも珍しいですけどね。まぁルール違反ではありませんから」

 観客席から大歓声が上がる中で、柳沢と観月の声は誰も聞いていなかった。

「よくやった、越前」

 地面に下りると、大石をはじめとする先輩たちがリョーマの周りに集まっていた。客席から桃城と乾も駆けつけて、桃城はリョーマの頭を脇に抱え、頭をぐしゃぐしゃとかき回した。

「やったじゃねぇか、越前」

「ちょっと、痛いっす、桃先輩」

 そんな様子を見て、不二がニッコリ笑った。

「一時期はどうなることかと思ったけど。勝てて良かったよ。ね、手塚」

「ああ」

 試合に勝っても、手塚は無表情だった。相変わらず眉間に皺を寄せて、厳しい顔をしていた。

「だが、まだたかが初戦に勝っただけのことだ。先は長い」

「手塚の言うことも最もだけどね。あの状況から勝てたんだから、今日くらい大目に見たら?」

 乾が横から言うと、手塚の眉間の皺が2本減った。

 グリフィンドールが初戦を見事勝利で飾ったことで、競技場は試合後もしばらくは大騒ぎだった。その騒ぎもようやく下火になって、更衣室へ引き上げていく途中。リョーマは手塚に呼び止められた。

「越前。シーズンはまだ始まったばかりだ。これから先、まだ何十試合と俺たちは闘わなければならない。それは、わかっているな?」

「部長……」

 手塚は、厳しい口調でリョーマに告げた。

「これから戦うレイブンクローやスリザリンも、決して油断できる相手ではない。だから、越前。お前は、青学を支える柱になれ」

 その一言は、他の先輩たちがくれたどんな誉め言葉よりも強く、リョーマの胸に刻まれることとなった。





というわけで、いかがだったでしょうか?
初戦ハッフルパフ、無事グリフィンドール勝利でございました。
リョーマは、ちょっと大変な目にあったようですけど。

さて、次回は1週飛びまして、Chapter10です。
久しぶりに、あの方が登場します。お楽しみに♪





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