Chapter:5 穏やかな(?)日曜日
日曜日。
グリフィンドールの談話室は、乾特製ブレンド紅茶と河村特製マフィンの香りで満たされる。
円形のその部屋には寮生の大半が集まっていた。
その一角では大石と河村がチェスに興じ、別の一角では手塚が紅茶入りマグカップを片手に読書に没頭し、他の一角では海堂が筋力トレーニングに励み、またまた別の一角では乾が宿題に苦しむ後輩たちから質問攻めにあっていて、暖炉に近い一角では桃城他3人の2年生が腕相撲で力比べをしていて、窓に近い一角では菊丸と不二がトランプで城を作って遊んでいた。
談話室をほどよいざわめきが包んでいる、午後の穏やかなひととき。
バーーーーン!!!!
そのざわめきをつんざくような爆発音が響いた。
「な、何っすか?」
「わぁぁぁっ」
「……」
荒井と腕相撲をしていた桃城は、驚いた勢いで荒井の腕をテーブルに叩きつけた。
大石とチェスをしていた河村は、盤に置くはずの駒を誤って縁から取り落としてしまった。
腕立て伏せをしていた海堂は、肘を曲げたまま床に崩れこんでしまった。
そして読書に没頭していた手塚は、眉間に皺を寄せてマグカップを傾けて本を濡らしてしまい、濡らされた本のページに手を叩かれてしまった。
「あーあ、爆発しちゃったよぉ」
「英二の負けだね」
「ちっくしょー、これで10連敗だよぉ」
騒ぎの元は、菊丸と不二だった。二人が作っていたトランプの城が、完成間近になったところで爆発したのである。
「爆発ゲームか」
リョーマ他の1年生が差し出したテキストに目を通していた乾がボソリと呟く。それを聞きつけたのは、乾を質問攻めにしていた1年生4人組だった。
「爆発ゲーム?」
「何すか、それ?」
乾に尋ねたのはマグル出身のカツオと、マグルの中で育ったリョーマの、魔法界に疎い二人だった。
「何だ、お前ら。爆発ゲームも知らないのか」
「しょーがないよ、堀尾君。二人とも魔法界のことはほとんど知らないんだから」
「爆発ゲームっていうのは、トランプを使った魔法界のゲームだよ。カードを積んで城を作っていくだけの遊びなんだけど……」
解説する言葉を一度切って、乾は爆発して灰になったカードを片付ける菊丸と不二に視線を向けた。ライトも何も当っていないというのに、黒縁にはまっている分厚いレンズが不気味に光った。
「その城が、いつ何時爆発するかわからない、というスリリングなゲームだ」
「ふーん」
説明を聞いたリョーマは、いつか自分もやってみようと思いつつも、あまり関心がなさそうに呟いた。
「ところで、さっきから堀尾君が持ってるそれは……」
乾の説明に大いに納得した様子のカツオが、堀尾が手にしている色鮮やかな包みに気づいた。
「ああ、これか? これ、さっき菊丸先輩がくれたんだ」
「英二が?」
得意げな堀尾をよそに、乾は何やら不穏な空気を察していた。
「甘い飴だから、食ってみろって」
「やっぱり。それなら僕ももらったんだ。他にも、何人かの先輩に配ってたみたいだけど」
言いながら、カツオもズボンのポケットから小さな包みを取り出した。
「おい、それは……」
止めようとする乾に気づく様子もなく、堀尾は鼻歌交じりに包みをあけ、カツオもそれに倣って中に入っている美味しそうな飴を口に放り込んで頬張った。
「お、これイチゴ味だ。美味いじゃん」
「どうだろうな、それは」
「どういうことですか、乾先輩?」
「英二がくれたというのが、妙に引っかかる。何事も起きなければいいんだが」
そう呟きながら、乾が眼鏡のブリッジを指で押し上げた時だった。
「んあ? ふあぁぁっ!」
「ふむむむ〜〜〜!」
堀尾とカツオが情けない叫び声をあげた。かと思うと……
「ほ、堀尾君!? カツオ君!?」
「やはりな」
「堀尾君、カツオ君どうしたの、大丈夫?」
慌てるカチローをよそに、乾は冷静に事態を把握していた。さすがのリョーマも、堀尾とカツオの醜態に目を丸くしていた。
そして二人の他にも5人ほど、同じように悶える生徒がいた。
「やった、大成功ぉ〜♪」
「うん、効果絶大だね」
わざわざ堀尾とカツオの様子を見に移動してきて歓声をあげるのは、菊丸と不二の二人だった。
「こら、英二、不二。喜んでる場合じゃないぞ。どうするんだ、これ」
様子を聞きつけて二人を叱りにきたのは、大石だった。
「あーあ、ひでぇなぁ、ひでぇよぉ」
そこに野次馬根性丸出しの桃城がやってきて、大げさに驚いてみせた。
「ひふぉいれふよぉ、へんふぁいふぁふぃぃ〜〜〜」
冷やかされた堀尾は、涙目で訴えた。「酷いですよ、先輩たちぃ」と言っているはずの言葉がきちんと発音されていないのは、舌が肥大してニシキヘビのように膨らんでしまっているからである。
「いったい何を食わせたんだ、二人とも?」
詰問するような口調で尋ねる大石に、菊丸と不二はシラッと答えた。
「べっつにぃ〜。たーだ飴をあげただけだもんにゃ」
「そう。ただの飴をね」
「ただの飴を食っただけで、こんなになるか」
ふざけたような口調に、ピシャリと言ってのけたのは、手塚だった。眉間の皺の本数が、いつもより1本多くなっていた。
「どうやら、飴に魔法がかけてあったようだね。舌の膨れ具合からして、肥らせ魔法をかけたか、あるいは飴にふくれ薬をまぶしたか……」
「あったりぃ〜! さっすが乾ぃ、大正解ぃ!」」
冷静に分析する乾に、菊丸が嬉しそうに反応した。
「喜んでる場合じゃないぞ、英二」
「え〜、でもぉ、先に考えたのは不二だしぃ」
「不二!?」
「面白そうだったからね」
二人のいたずらっ子に、大石は完全に翻弄されていた。
「ちゃんと説明しろ、二人とも。どういうことなんだ?」
大石では話にならない、と手塚が無表情ながらも怒りを浮かべて問い詰めた。すると、菊丸と不二はしぶしぶ、といった様子で口を割った。
「だから、2年の終わりに魔法薬の授業でふくれ薬を作ったんだよね」
「そうそう。それが結構いい出来だったんだよね、英二」
「でぇ、それで何か面白いことができないかにゃぁ、って不二が」
「でも、英二もノリノリだったじゃない?」
口を割ったものの、お互いに責任を擦り合う様子に、手塚の眉間の皺が1本増えた。
「それで、そのふくれ薬に飴を浸して、いたずら菓子を作った、というわけかい?」
「うん、そうだよ。さすがに鋭いね、乾」
要領を得ない菊丸と不二の言い訳をフォローした乾と、それを聞いてニッコリ微笑した不二に、手塚の眉間の皺がさらに1本増えた。
「ひぇんふぁぁ〜ひぃ。おへ、ろーはるんふふぁぁ〜〜?」
不穏な空気を醸し出す先輩たちをよそに、1メートル近くまで腫れ上がってしまった舌を手で支えながら、堀尾は「先輩、俺どうなるんすか?」と乾に訴えた。泣きながら訴えられた乾は、少し困ったように答えた。
「君がそうなった原因が、あのふくれ薬だとしたら、解毒剤はある」
「あるんですか?」
「ああ。部屋にそのストックがあるにはあるんだが……」
言いながら、乾は談話室を見渡した。菊丸と不二の悪戯による犠牲者は、6人。それを見て、乾はため息混じりに続けた。
「これだけの人数がいると、さすがにちょっと足りないな。新しく作るしかない」
「作る?」
「そう。部屋から道具を取ってくるよ。少し我慢してくれ」
乾はそう言うと、一度階段を駆け上がって行った。
それを見送りながら、リョーマはぽそりと呟いた。
「部屋に置いてあるって、あの先輩そんな薬まで常備してるんすか?」
「乾の部屋には、一般的な魔法薬ならだいたい揃ってるからな」
「それだけじゃねぇよ。あの先輩、必要な材料まで持ってんだぜ」
大石と桃城の答えに、リョーマは呆れたように問い返した。
「そんな薬、部屋に置いてて大丈夫なんすか?」
「監督生は個室だからね。それに、乾の調合は完璧だよ。あのスネイプ先生でさえ、減点する余地がないくらいにね」
リョーマの質問に不二が答えていると、乾が部屋から戻ってきた。その手には、大きな鍋を提げていた。その鍋の中には数種類の薬草や、液体が入った小瓶、そしてナイフや木製の小さなまな板が入っていた。
「すまないが、テーブルを一つ空けてくれ。それから、暖炉に火を」
乾の指示に、桃城と荒井がいち早く反応して、テーブルの一つを片付けた。そして、河村が懐から杖を取り出し、
「インセンディオ! バァーニィイーング!」
と呪文を唱えて、ついでに気合も入れて、暖炉に火を点した。
それを確認して、乾は手早く薬草をぶつ切りにして鍋に入れ、小瓶の液体と少しの水を加えて暖炉の火にかけた。その手つきは流れるように鮮やかで、全て目分量だった。
「さすが乾だね。慣れてるよ」
「でも、せっかく成功したのに、もったいないにゃぁ」
感心したように呟く不二に、菊丸が反論する。その二人を黙らせたのは、手塚の怒りの一声だった。
「お前たち、これだけの騒ぎを起こしておいて、言う事はそれか?」
「て、手塚……」
「ちょっとした悪戯じゃない。そんなに怒らないで、手塚」
「お前たちのちょっとした悪戯は、ちょっとしたどころじゃないだろう。規律を乱すヤツは許さん。菊丸、不二。お前たち二人は明日の練習前、グラウンド20周だ」
ツルの一声ならぬ、手塚の一声で菊丸と不二はしゅん、となった。が、それも一瞬のことで、二人とも手塚に食ってかかった。
「グラウンド20周ぅ? それってキツくない、手塚ぁ?」
「罰にしては、ちょっと重いんじゃないかな」
「お前たち、もう10周余分に走ってもいいんだぞ」
「……走ります」
ギロリと怒りを込めた目で睨まれて、今度こそ二人ともおとなしくなった。
「しっかし、ああやって大鍋かき回す乾先輩って、妙にハマってねぇ?」
「ああ、似合いすぎてて、怖いよな」
うなだれたように窓際の椅子へ去っていく菊丸と不二を見送って、暖炉の前でうずくまり、鍋をかき回す乾を見た桃城が荒井に同意を
求めた。2年生5人のうち、林と池田は悪戯飴の犠牲になって、肥大した舌に苦しんでいた。
「できたぞ。待たせたな」
そうこうしているうちに、乾は鍋を火から下ろし、飲める熱さになるまで冷ましてから中身をグラスに注いだ。
「せ、先輩…それは……?」
口のきけない堀尾に代わって、カチローが恐る恐る尋ねると、乾は得意げに答えた。
「ぺしゃんこ薬だ」
「ぺしゃんこ薬ぃ?」
「これを飲めば、ふくれ薬で膨らんでしまった体の一部が元に戻る。皆、これで元に戻るぞ」
言いながら、乾は6個のグラス全てに薬を注いだ。それは澱んだ緑色をしていて、見るからにうさんくさそうだった。
「自分で飲むのは大変だろうから、飲ませてやってくれ」
乾にグラスを手渡され、カチローはカツオの、リョーマ堀尾の喉の奥にグラスの中身を流し込んだ。流し込まれた薬を飲み下すと、堀尾やカツオ、他の犠牲者たちの舌はみるみる元に戻っていった。が……
「う、うえぇぇぇぇ〜〜〜!!!!!」
「ぐ、ぐぇっ!」
薬を飲んだ全員が、両手で口元を押さえてしゃがみこんでしまった。
「ほ、堀尾!?」
「今度はどうしたの、堀尾君、カツオ君!」
「ま、不味い……」
堀尾とカツオは真っ青になって、息も絶え絶えに訴えた。
「乾の作った魔法薬は、効果は抜群なんだけど、味は凶悪なんだよな」
ご愁傷様、といった表情で呟く大石の声が、談話室にむなしく響いた。そしてその言葉に、談話室に居合わせたほぼ全員が、深く頷いていた。
「ハリポタdeテニプリ」番外編、1週空いてのアップとなってしまいました。
これだけはアップしてからお盆休みに入りたかったんですけどね(涙;)。
本当はこの話、次の章の前置きにしようと思ったんですが、長く&面白くなりそうだったので、番外編として独立させてみました。
本編とあまり関係がないので、ハリポタを知らない方でも読めるかなぁ、と(^^)。
次は、大石副部長大活躍(?)でございます。
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