ハリー・ポッター
de
テニプリ
Chapter:2   組分け

 ホグズミード駅に列車が到着してからホグワーツ城の大広間へ辿り着くまで、リョーマは初めて見る光景に心躍らせていた。といっても、表情や言葉には、全く出てこなかったのだが。

 漕ぎ手がいなくても前に進むボートで湖を渡ったことも。壁にかかった絵がリョーマたちを見てお辞儀をしたり、「ようこそホグワーツへ」と話しかけたり、額から額へと動き回ったりしたことも。半透明で乳白色のゴーストに何人かすれ違ったことも。

 マグルの中で育ったリョーマには、珍しいものばかりだった。

「ふーん、面白いじゃん、ここ」

 それほど感動したようにも聞こえない口調で、だが実はかなり感激した気持ちでリョーマは呟いた。それを聞きつけて、リョーマに話しかけてきた少年がいた。

「お前、魔法界のことなーんにも知らないのか? ここにある物は、ほとんど全部魔法がかかってるんだぜ。絵や写真が動いたり、ゴーストが話しかけてきたりするのなんか、常識だね」

 半ばダミ声で話す少年は、何でも知っているといった口ぶりだった。

「俺、小さい頃からホグワーツに入るのが夢で、いっぱい本も読んだんだぜ」

「ふーん、そう」

 そっけなく返すリョーマをフォローしたのは、キングズ・クロス駅で知り合ったカチローだった。

「リョーマ君は、昨日まで自分が魔法使いだってことも知らなかったんだ。ここが珍しいって思うのは、当然だよ」

「へぇ、それでよくホグワーツに入学できたな、お前」

「それより、あんた、誰?」

「俺か? 俺は堀尾っていうんだ。父親はマグルなんだけど、母親は魔女なんだぜ。それで、俺にも魔力があるんだ。そういうお前は?」

「僕は、加藤勝郎。お父さんもお母さんも、どっちも魔法使いだよ。で、彼は越前リョーマ君」

「え、越前リョーマ!?」

 堀尾の裏返った声に、その場にいた新入生たちは一斉にリョーマに注目した。口々にリョーマの名前を呟き、周りの者と何やらひそひそ話している様子が、リョーマの耳にも聞こえてきた。

「お前、あの越前リョーマなのか?」

「そうだけど。それがどうかした?」

「じゃ、じゃぁ、もしかして額に傷痕が……」

「あるけど?」

 リョーマが前髪を掻き分けて傷痕を見せると、堀尾は恐れるように後退さった。

 そこへ、エメラルド色のローブを着た、厳格な顔つきをした背の高い黒髪の魔女が戻ってきた。城の玄関ホールから大広間の前まで新入生たちを案内した彼女は、その名をマクゴガナルという。この人に逆らったら、大変な目に合うだろう、という雰囲気を全身からかもし出していた。

「まもなく全校列席の前で組分け儀式が始まります」

 声を張り上げているわけでもないのに、彼女の声は天井の高い石畳のホールではよく響いた。

「あなた方はこれから、どの寮に入るかを決める儀式を受けることになります。寮の組分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が学校での皆さんの家族のようなものです。教室でも寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります」

 ホグワーツにある寮は4つ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンだ。それぞれに輝かしい歴史があり、偉大な魔女や魔法使いが卒業した、と彼女は続けた。

「ホグワーツにいる間、皆さんの良い行いは、自分の属する寮の得点になりますし、反対に規則に違反した時は寮の減点になります。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、皆さん一人一人が寮にとって誇りとなるよう望みます」

 威厳のある彼女の言葉には、言い様のない重みがあった。

「さあ、一列になって。ついてきてください」

 マクゴガナルが言った。大広間の二重扉が開き、リョーマは堀尾やカチローの後に続いて中に入った。

 そこには、リョーマが見たこともない、不思議で素晴らしい光景が広がっていた。

 何千という蝋燭が空中に浮かび、4つの長テーブルを照らしていた。テーブルには上級生たちが着席し、金色のお皿とゴブレットが置いてあった。広間の上座にはもう一つ長テーブルがあって、先生方が座っていた。

 長机の間を進んでいると、何百という顔がリョーマたち新入生を見つめていた。その中には、列車の中で出会った手塚や乾の顔もあった。なんとなく気恥ずかしい気持ちになってリョーマが天井を見上げると、ビロードのような黒い空に星が点々と光っていた。

「この天井は、本当の空に見えるように魔法がかけられてるんだぜ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったんだ」

 自分の功績でもないくせに、堀尾が自慢げに解説したが、リョーマはほとんど聞いていなかった。

 マクゴガナルは上座のテーブルの所まで新入生を引率し、上級生の方に顔を向け、先生方に背を向けるかっこうで並ばせた。そして、新入生の前に4本足のスツールを置き、その上に魔法使いがかぶるとんがり帽子が置かれた。つぎはぎのボロボロで、とても汚らしい帽子だった。

 帽子はピクピクと動き、つばの縁の破れ目がまるで口のように開いて、歌い出した。

   グリフィンドールに行くならば
   勇気ある者が住まう寮
   勇猛果敢な騎士道で
   他とは違うグリフィンドール

   ハッフルパフに行くならば
   君は正しく忠実で
   忍耐強く真実で
   苦労を苦労と思わない

   古き賢きレイブンクロー
   君に意欲があるならば
   機知と学びの友人を
   ここで必ず得るだろう

   スリザリンではもしかして
   君はまことの友を得る
   どんな手段を使っても
   目的遂げる狡猾さ

 歌が終わると、広間にいた全員が拍手喝さいをした。4つのテーブルにそれぞれお辞儀をして、帽子は再び静かになった。

「名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けて下さい」

 マクゴガナルが長い羊皮紙の巻紙を手にして、前に進み出た。

「加藤勝郎!」

 最初に名前を呼ばれたカチローは、緊張した面持ちでぎくしゃくと前へ進み出た。そして顔を強張らせて椅子に座り、マクゴガナルに帽子を乗せられる瞬間、ギュッと目を閉じた。

「ふーん」

 帽子をかぶると、カチローは顔の半分が帽子の中に隠れてしまった。頭の上から聞こえてくるしわがれた声に、身をすくませて両手を握り合わせる。その様子はまるで、何事も起きませんように、と祈っているようにも見えた。そんなカチローの様子がわかっているのか、いないのか。帽子は一瞬沈黙して、寮の名前を口にした。

「グリフィンドール!」

 帽子が外されると、カチローはパアッと明るい表情を見せて、上座から見て一番左手にある、赤と金色のネクタイを締めた集団が並ぶ長机に駆け寄った。椅子に座ると、ツンツン頭の上級生から「よく来たな」とばかりに頭を小突かれていた。

「堀尾聡史!」

「は、はいっ!」

 堀尾は名前を呼ばれると裏返った声で返事をして、右手と右足を一緒に出して椅子へと歩いていった。ごくり、と生唾を飲み込んで椅子に腰掛けて、両膝に手を突いて、ピンと伸ばして身体を支えて帽子が頭に乗せられるのを待った。

「グリフィンドール!」

 帽子は、堀尾の頭に乗せられた瞬間に叫んでいた。すると、堀尾はほっとしたのか、泣きそうな顔になってカチローに続いて赤と金色のネクタイの集団に加わった。

「壇太一!」

「は、はいです」

 リョーマの後ろから、少女のような顔をした少年が前へ進み出た。リョーマも身長が低い方だが、彼はリョーマより少しだけ背が低かった。

 緊張した様子で椅子に座り、組分けを受けた彼は、ハッフルパフに決まった。

 それから順調に組分けが進み、残りが半分ほどになったころ、ついにリョーマが呼ばれた。

「越前リョーマ!」

 リョーマが呼ばれると、大広間にざわめきが起きた。リョーマの名前は、ホグワーツでも有名だったらしい。が、本人はそれを意に介することなく前に進み出て、椅子に座った。

「ふーむ」

 帽子はリョーマの頭に乗ると、急に考え込む様子を見せた。

「難しい。非常に難しい。ふむ、勇気に満ちている。頭も悪くない。才能もある。おう、なんと、なるほど……自分の力を試したいという素晴らしい欲望もある。いや、面白い。さて、どこに入れたものかな?」

 それまで比較的スムーズに決めていた帽子が、ぶつぶつ言いながら悩み始めたのである。自分をどこに入れようかと悩む帽子に、リョーマは注文をつけた。

「俺、スリザリンはイヤかも」

 列車での出来事もあって、スリザリンへの印象はかなり悪いものになっていた。それだけでなく、ホグワーツへ来るまでの道中、カチローから悪いうわさを聞かされていたのだ。スリザリンは、今まで悪い魔法使いを多く輩出している寮なのだと。そして、リョーマの母親を殺した例の魔法使いも、スリザリンの出身だと聞かされた。

「スリザリンは嫌なのかね? 君は偉大になれる可能性があるんだよ。その全ては君の頭の中にある。スリザリンに入れば、間違いなく偉大になれる道が開ける」

 何故かスリザリン行きを勧める帽子に、リョーマはそっけなく言った。

「俺、あんなナルシストで偉そうな監督生がいる寮、絶対ヤダ」

 それは明らかに、列車でリョーマに絡んできた跡部景吾を指していた。

「嫌かね? よろしい、君がそう確信しているなら……むしろ、グリフィンドール!」

 リョーマは帽子が最後の言葉を広間全体に向かって叫ぶのを聞いた。カチローと並んでグリフィンドールのテーブルに着くと、最高の割れるような拍手と歓声が自分を迎えていた。

 列車の中で会った乾や、さっきカチローを小突いていたツンツン頭の上級生と握手をし、上座の職員席に視線を向けると、ハグリッドが座っているのが見えた。ハグリッドはリョーマと目が合うと親指を上げて「よかった」と合図をしてきた。リョーマは、口元に微笑を浮かべてそれに応えた。

 組分けも終わりに近づき、残すところ後一人になった。腰まで届くほどの長いお下げ髪姿のその少女は、どこかおどおどしたような様子だった。

「竜崎桜乃」

「は、はいっ」

 彼女はか細くて高い声で返事をすると、おずおずと椅子に歩いていった。そして椅子の前の方にちょこん、と腰掛けて、目を閉じて帽子が頭にかざされるのを待った。

 帽子は、彼女の頭にかぶせられるや否や、叫んでいた。

「グリフィンドール!」

 桜乃は列車の中で知り合ったのだろう、勝気な目をした少女の隣に座り、ほっとしたような表情を見せていた。

 かくして、組分けは無事に終了した。




 組分けを全て見届けると、マクゴガナルがガラスのゴブレットを鳴らし、生徒たちに沈黙を促した。広間が静かになると、職員席の真ん中に座っていた白髪の老人が立ち上がった。ホグワーツ歴代の校長の中でも最も偉大だと名高い、アルバス・ダンブルドアだった。

「ホグワーツの新入生、おめでとう。歓迎会を始める前に、二言、三言、言っておきたい事がある。1年生に注意しておくが、校内にある森に入ってはならん。これは上級生にも、何人かの生徒たちには注意しておく」

 言いながら、ダンブルドアはグリフィンドールの長机の方をチラリと見た。

「それから、今年いっぱいは4階の右側の廊下には入ってはならん。管理人のフィルチさんも、とても痛い死に方をしないように、と警告しておる」

 職員席の右手に目を向けると、腕に猫を抱いた、陰気そうな顔の男が立っていた。列車の中で会った跡部とは別の意味で、見るからに係わり合いになりたくないタイプの人間だった。

「では、宴を始めよう」

 ダンブルドアがその一言を口にした瞬間、空だった大皿が食べ物でいっぱいになった。ローストビーフにローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ステーキ、茹でたポテト、フレンチフライ、ヨークシャープディング、数々の野菜。

 生徒たちはわあっ、と歓声を上げて食べ物に食らいついた。リョーマも、とりあえず全種類を少しずつ皿にとって、食べ始めた。

 リョーマも食欲旺盛な方だが、そのリョーマ以上に食い意地が張っている人間がいた。グリフィンドール寮に決まった新入生を小突いていた、ツンツン頭の上級生である。

「す、すごい食欲……」

 同じくグリフィンドールに決まった水野カツオが、感心するというよりむしろ呆れたように呟いた。それが耳に入ったのか、彼は口の中に放り込んだポテトを2〜3度咀嚼して飲み込んで、口を開いた。

「腹減ったんだから、しょーがねぇだろ? それより、お前もちゃんと食えよ。でないと、デカくなれねぇぞ」

「先輩は?」

「俺か? 俺はグフリフィンドール2年、桃城武。桃ちゃんでいいぜ」

「じゃぁ、桃ちゃん先輩っすね」

 育ち盛りの生徒たちが腹いっぱいになった所で、食べ物が消え去り、一度綺麗な皿に戻ったかと思うと、今度はデザートで満たされた。ありとあらゆる味のアイスクリーム、いろいろな果物やその果物で作ったパイ、ゼリー。

 アイスクリームを皿に取って口に運ぼうとしたリョーマは、何気に職員席に目を移すと、ハグリッドはゴブレットでグイグイとジュースを飲んでいた。マクゴガナルはダンブルドアと何やら話している。

 その横に、ターバンを巻いた男がいた。後ろ向きだが、リョーマは一度彼と会ったことがあった。ハグリッドに連れられて、学用品を買い揃えに行ったダイアゴン横丁で、ホグワーツの先生だと紹介された、クィレルだ。そのクィレルの隣に、ねっとりとした黒髪で鉤鼻で、土気色の顔をした男がいた。

 その男を目にした瞬間、リョーマの額の傷痕に痛みが走った。

「イテッ……」

 リョーマはとっさに、手で傷痕を覆った。

「リョーマ君、どうしたの?」

「食い過ぎか、越前?」

「そんなんじゃないよ。それより、桃先輩」

「なんだ?」

「あそこでクィレル先生と話してる気味悪い人、誰っすか?」

 リョーマは桃城に尋ねた。

「ああ、スネイプか? あいつはいけ好かねぇヤツなんだぜ」

「そうそう。あいつ、グリフィンドールを目の敵にしてやがってよ。魔法薬学を教えてやがるけど、実はクィレルが担当してる闇の魔術に対する防衛術の席を狙ってるって、もっぱらの噂なんだよ」

 桃城と同級生で、いつもよくつるんでいるという荒井が横から首を突っ込んでいた。心底嫌いだ、という表情を見せているあたり、グリフィンドールが目の敵にされているというのは、どうやら本当なのだろう。そして、彼らはあまりいい思いをしていないらしい。

「実際、闇の魔術にかなり詳しいって話だぜ、スネイプのヤツ」

「しかもあいつよぉ、スリザリンの寮監だから、スリザリンの連中はやたら贔屓すんだよ。ほんっとイヤなヤツだぜ」

 さらに、荒井と仲がいい林も話に加わってきた。

「うちでスネイプに減点されてねぇのって、乾先輩と手塚部長くらいじゃねぇ?」

「乾先輩と手塚部長って、あの監督生の?」

「そうそう。それ以外は大石副部長や不二先輩でさえ、3回は減点食らってるってよ。ったく、冗談じゃねぇよな」

 さらに池田が加わって、ひとしきりスネイプの悪口が出揃ったところで、宴がお開きとなった。

 リョーマたちは手塚を先頭にした先輩たちにくっついて寮へ続く廊下を歩き、ピンクのジャージを着た老婆が描かれた肖像画の前で立ち止まった。額に書かれた字を読むと、竜崎スミレとある。

 スミレは、自分の前に並んだ寮生たちをジロリと見回して、言い放った。

「合言葉を言うんだね。じゃなきゃ、中には入れてやらないよ」

「カプート ドラコニス」

 手塚がよく通る低い声でそう唱えると、肖像画は「入りな」と言いながらぱっと前に開き、その後ろの壁に大きな穴が開いていた。その穴は、グリフィンドール寮の談話室につながっていた。そこは円形の心地よい部屋で、大きな暖炉があって、フカフカした肘かけ椅子やソファがいくつも置かれていた。

 手塚の指示で、女子は女子寮へ続くドアから、男子は男子寮へ続くドアからそれぞれの部屋へ続く階段を上がった。リョーマはらせん状になっている階段を上がって、ようやく自分の部屋に辿り着いた。

 すでに荷物は全て運び込まれていて、白ふくろうのカルピンが入った篭もトランクと一緒に置かれていた。リョーマを見てカルピンが一声鳴いた。リョーマは篭の隙間から指を入れて、ふかふかの頭を撫でてやる。すると、カルピンはリョーマの指を軽く噛んで甘えてきた。

「おやすみ、カルピン」

 同室の堀尾もカチローもカツオも、皆クタクタに疲れていた。一言も発することなく、黙々とパジャマに着替え、真紅のビロードのカーテンがかかった、四本柱の天蓋付きベッドに潜り込むや否や、あっという間に眠りに落ちてしまった。





ホグワーツの恒例行事、組分け儀式でございました。
新入生はこれを通過しないと、先に進めませんのでね(^^)。
映画の「ハリポタ」では組分け帽子の歌は省略されていたのですが、私はあの場面、結構好きで。
寮のイメージを明確にするために、入れてみました。
しかし、リョーマよ。そんな理由でスリザリン行きを拒むか、君は(笑)。





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