Chapter:1  ホグワーツ特急
 9月1日、朝10時50分。

 イギリスはロンドン、キングズ・クロス駅。

 越前リョーマは途方に暮れていた。

 ホグワーツ特急の特急券を手に、大きなトランクや、ハグリッドに買ってもらった白ふくろうのカルピンを入れた鳥かごを積んだカートを押して、目的のホームらしき場所へやって来たのだが……。

「どこにもないじゃん、こんなホーム」

 特急が出るのは、9と3/4番線。だが、キングズ・クロス駅にそんなホームはない。あるのは、9番ホームと10番ホームで、間に柱が立っているだけだ。

 列車が発車するのは、11時ちょうど。あと10分しかない。

「結構、ピンチかも」

 ポソリと呟くその姿は、言葉ほど切羽詰っているようには見えなかった。

 思えば、お前は魔法使いだと知らされたのが、昨日の事だった。

 それまでも、感情が昂ぶるとリョーマの周りでは不思議なことが起きた。その度に、父親である越前南次郎に叱られ、殴られた。妙なことをするんじゃない、と。

 だが、それはリョーマが魔法使いだからで。リョーマを叱っていた南次郎もまた、魔法界では名の通った魔法使いであり、リョーマもまた、その血を色濃く引いていると知らされたのだ。

 リョーマが魔法使いであると知ることになったきっかけは、リョーマの元に1通の手紙が届いたことだった。差出人は、ホグワーツ魔法魔術学校。聞いたこともない学校から届いたその手紙を南次郎に見せると、彼は顔色を変えた。そして「逃げるぞ」と言って夏中ヨーロッパの各国を転々としたのだ。

 だが、いったいどこから見ているのか。リョーマの行く先々に、ホグワーツからの手紙が届いた。が、南次郎は見て見ぬ振りを通した。そして……

 昨日、学校側はついに最後の手段に出た。平たく言えば、校長の命を受けた使者が、リョーマと南次郎の前に現れたのである。その名は、ルビウス・ハグリッド。長いひげをたくわえたその巨漢は、ホグワーツの鍵と領地を守る森番であると名乗り、南次郎のことも知っている様子だった。

「お前さん、相変わらず悪ふざけが好きだな」

「うるせぇ。てめぇ、ここに何しに来やがった」

「お前さんの息子を迎えに来たんだよ。お前さんの息子は、生まれた時からホグワーツへの入学が決まとった。それまで立派に育てるってのが、お前さんとダンブルドアの約束だっただろうが」

 そんな言い合いの末、リョーマはハグリッドに引き渡され、そして魔法使いであること。母親が悪い魔法使い、普通の人たちは名前を呼ぶのも恐れて『例のあの人』としか言わない魔法使いに殺されたことを知らされた。さらに、その魔法使いに襲われて、リョーマだけが生き残り、以来その魔法使いは姿を消してしまったことも。リョーマの母親は、リョーマをかばって死んだのだ、と聞かされた。

 その母親が南次郎に内緒でリョーマのためにこっそり貯めた、というお金で学用品を揃え、慌しく入学への準備を整えて今に至るのだが……

 リョーマには、学校へ向かう列車が出るというホームの場所もわからなかった。

「カチロー、早くしなさい。列車が出るぞ」

「待ってよぉ、父さん」

「まったく、相変わらずここはマグルばかりだな」

 ふいに、リョーマは後ろから聞こえてきた親子の会話に聞き耳をたてた。マグル、という言葉が聞こえなかったか?

 マグルというのは、魔法使いの血が全く流れておらず、魔力のない人々のことである。普通の人間は、絶対に使わない、魔法使いの言葉だ。

 この親子についていけばいいかも。とっさにそう思い、リョーマは二人の後をつけた。

「あの……ちょっといいっすか?」

「なんだい?」

「9と3/4番ホームへの行き方、知ってます?」

 そして頃合いを見計らって、二人の会話に割って入った。二人が同時に振り返り、口ひげをたくわえた父親の方が少しひざを曲げて、リョーマと視線を合わせるようにして問いかけてきた。

「ホグワーツへ行くんだね? 新入生?」

「はい」

「そうか、うちの息子も今年入学でね」

「加藤勝郎です。よろしく。君は?」

 おかっぱ頭で、リョーマとそれほど身長の変わらない少年が、屈託のない笑顔を見せた。

「越前リョーマ」

「越前リョーマ!?」

 短く答えたリョーマに、二人が同時に声を上げる。

「そうか、君が……。マグルの親戚の家で育ったそうだね。ならば、この駅に来るのも初めてだろう?」

「っす」

 お前は魔法界じゃ有名人なんだ。

 一昨夜、リョーマを迎えに来たハグリッドの言葉を思い出す。実際、ハグリッドに連れられて学用品を揃えに行ったダイアゴン横丁でも、リョーマを知らない者はいなかった。会う人会う人に握手を求められ、中には感激のあまり泣き出す人もいて、リョーマは正直呆れてしまうほどだった。

 そして、この親子も例外ではないらしい。

 リョーマが一瞬、ストーカー?と思うほど、リョーマのことをよく知っている。リョーマ自身は、一昨日の夜まで、自分が魔法使いであることすら、知らなかったというのに。

「9と3/4番線には、ここから行くんだよ」

 カチローの父親は優しく言って、9番ホームと10番ホームの間にある柱に手をかけた。軽く撫でるように、そっと手を添える。

「ここが、ホグワーツ特急の出るホームにつながっているんだ」

 そのまま柱を押すように手に力を入れると、手が柱に吸い込まれるようにして消えた。

「さあ、おいで。周りのマグルたちに怪しまれないように、静かにね」

 柱に吸い込まれるように父親の姿が消える。

「先に行っていいよ、えっと……」

「リョーマでいいよ」

「うん、リョーマ君」

 そっけなく答えて、リョーマはカチローの父親に続いた。

 柱に接触する寸前、ぶつかる恐怖で少し目を閉じてしまったものの、ぶつかる感触も何もなく、リョーマは広い空間に出ていた。目の前には、マント姿の人々や、カートを押す少年少女たち。そして、赤い車両の蒸気機関車。

 プレートには、"Hogwarts"の文字。

「これが、ホグワーツ城に近いホグズミード駅に行くホグワーツ特急だよ。カートを預けて、乗りなさい」

「どもっす」

「行こう、リョーマ君」

 目の前にいるのが魔法界で最も有名な人物だからか、それともこれから入学するホグワーツ魔法魔術学校への期待からか。カチローは興奮したようにカートを押してホーム進んでいく。

「しっかり勉強して来るんだぞ、カチロー」

「うん、行ってきます、父さん」

 リョーマとカチローは荷物を預け、列車に乗り込んだ。




「やっぱり凄いや、どこも空いてないね」

 特急のコンパートメントは、どこも埋まっていた。どこか空いている所はないか、と探しながらリョーマとカチローは前方の車両へと歩いていく。

「あれ、なんだ、ここ空いてんじゃん?」

 前から2両目まで来た所で、リョーマは空席を見つけた。そこに入ろうとドアに手をかけたところで、後ろから不穏な空気を漂わせた男に声をかけられた。

「新入生がこんな所で何してやがる、あーん?」

 振り返ると、右目の下に泣きボクロがある、眉目秀麗な男が立っていた。後ろには、やはり整った顔立ちの眼鏡をかけた長髪の男と、ボーっとした巨漢の男を従えて。

「ここは監督生専用のコンパートメントやで。新入生の来る所とちゃうんや」

 眼鏡の男が、訛りのある話し方で嗜めるように言った。

「ふーん、そうなんだ?」

「す、すみませんでした。行こう、リョーマ君」

 揉め事は避けよう、とカチローがリョーマを促して、後ろの車両へ移動しようとした。それを、泣きボクロの男が引き止めた。

「待てよ。今、リョーマって言ったな、そこのチビ」

「おい、跡部。リョーマ言うたら、あの越前リョーマか?」

「他にいねぇだろ、忍足。父上の言った事は、どうやら本当だったらしいな。越前リョーマがホグワーツに入学するって話はよ。樺地」

 跡部と呼ばれた泣きボクロの男は、巨漢を呼びながら指をパチンと鳴らした。

「うす」

 樺地は頷いて、リョーマを羽交い絞めにした。40センチ以上の身長差があって、更に体格の差がありすぎる。リョーマは動けなくなってしまった。

「リョーマ君!」

 悲鳴のような声を上げるカチローを横目に、跡部は上から覗き込むようにリョーマを見下ろした。懐から杖を取り出して前髪を掻き分けると、その額に付けられた、稲妻型の傷痕がさらけ出された。

「これが、『あの方』に付けられた傷か」

 傷痕に魅入られたように、跡部が呟く。

「『生き残った男の子』、やて? 入学前からすっかり有名人やな、自分」

「そうなの? って、別に俺、何かしたわけじゃないし。そっちが勝手に騒いでるだけじゃん?」

「おいおい、何も知らねぇのか。呆れたヤツだな」

 リョーマの言葉に、跡部が嘲笑するような口調で言い返す。

「そんなんでホグワーツ入ろうなんて、甘いで、自分?」

「こんな所で揉め事か?」

 忍足が続いた所で、低い美声が厳しい口調で割って入ってきた。

「手塚……」

 振り返ってそこにいた人物を確認した跡部が、睨みつけながら唸る。

「そこ、塞がれると邪魔なんだけど?」

 カチローの後ろから、背の高い男が二人、ひょっこり現れる。どちらも眼鏡だが、一方は跡部と違う意味で眉目秀麗な顔立ちをしていて、もう一方はレンズが分厚いためか奥の目を見通すことができない。片や無表情、片や眼鏡に邪魔されて、どちらも表情がわかりづらい男だ、とリョーマは思っていた。

「さっそく新入生イジメとは、感心しないな、跡部」

「あーん? 妙な言いがかりつけてんじゃねぇぞ、手塚」

 無表情の手塚と、跡部が睨み合い、まさに一触即発といった雰囲気になる。

「この越前の身長は、見たところによると151センチ。それに対して、樺地君は190センチだ。その差は39センチ。体格の差もかなりある。その樺地君に押さえつけさせたこの状況、イジメ以外の何だと判断しろと、跡部? まぁ、まだ新学期が始まっていないからね。寮の減点につながることはないが」

 辞書を読み上げるような、淡々とした口調で分厚い黒縁眼鏡が言う。跡部は、チッと舌打ちをして樺地に命令を下した。

「樺地、離してやれ」

「うす」

 命令された樺地は、頷いてリョーマを解放した。

「ま、しゃーないな。ここでお二人さん相手にやり合うても、あんま意味ないわ」

 興ざめだと言わんばかりの口調で言い捨てて、忍足がその場を去ろうとした。その足を、手塚の一言が止める。

「ケンカなら、試合で買うぞ、跡部、忍足」

「その言葉、後悔させたるで」

 振り返る忍足に、黒縁眼鏡が宣戦布告した。

「今年のクィディッチ杯は、うちがもらうからね」

 一見すると冷静沈着に見える二人だが、手塚も黒縁眼鏡も案外好戦的なようだった。

「ふざけんじゃねぇぞ、乾。グリフィンドールなんざ、完膚なきまでに叩きのめしてやる。行くぞ、樺地」

「うす」

 吐き捨てるようにそう言い残して、跡部は樺地と忍足を従えて空いているコンパートメントの一つに入っていった。

「大丈夫か?」

「どもっす」

 手塚に声をかけられて、リョーマは短く礼を言った。

「礼には及ばない」

「入学早々、厄介な連中につかまったな」

 口々に言う手塚と乾に、カチローが尋ねた。

「今の人たちは……?」

「ホグワーツには4つの寮がある。それは知っているね?」

「はい」

「その中の一つ、スリザリンの5年生にして監督生、跡部景吾。それから同じく監督生で5年の忍足侑士。あの巨漢は、跡部のコネで監督生になった、4年の樺地祟弘だよ」

 流暢に答えたのは、乾である。

「監督生?」

「そう。それぞれの寮から、優秀な生徒が数人選ばれるんだ。かく言う俺と、ここにいる手塚もそうなんだけどね」

 言いながら手塚を親指で指して、乾はひょい、と肩をすくめて見せた。

「先輩たちは、どこの寮なんですか?」

「グリフィンドールだ」

 手塚は手短に言って、さっき跡部たちが入って行ったのとは別のコンパートメントへ入っていった。

「新入生歓迎の宴で、組み分けが行われる。そこで、君たちがこれから所属することになる寮も決まる。グリフィンドールに来ることになったら、俺たちは君たちを歓迎するよ」

 言葉少ない手塚をフォローするようにそう言って、乾は手塚に続いた。

 そして、コンパートメントの扉を開けようとして、何か思い出したように乾は二人を振り返った。

「そうだ。俺のデータによれば、後ろの方はまだ空いているはずだ。座れると思うから、行ってみるといい。もうすぐ発車だから、気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

「どもっす」

 リョーマとカチローは乾に頭を下げて、後ろの車両へと歩いて行った。

 それを見送って、乾はコンパートメントに入った。中には手塚と、前髪を二房、真ん中を空けて両側に垂らすという面白い髪形をした男が座っていた。

「久しぶり、大石」

「遅かったな、乾。手塚も、さっき来たところだし」

「ちょっとね。跡部と忍足が新入生に絡んでいたんで、助けてやってたんだ」

「そうだったのか?」

「ああ」

 手塚が表情を変えずに頷くのを横目に見ながら、乾は手塚の隣に座った。

「新入生は、ここが専用車両だって知らないからな。毎年何人かは紛れ込んでくるけど、それに絡むのは感心しないな」

「ま、相手が悪いね。跡部のヤツ、口が悪くてケンカっ早いから」

「ケンカ早いのは、うちも人のことは言えないだろう?」

「おかげで、持病の胃痛が絶えない、って?」

 乾がからかうように言う。大石は苦笑して言い返した。

「おいおい、誰のせいだと思ってるんだい?」

「俺は、大石の胃痛のタネを増やした覚えはないよ」

「本気で言っているのか、乾?」

 シラッと言い切る乾に、手塚が疑いの目を向けた。そんな手塚に向かって苦笑して見せ、乾は真顔になった。

「ところで大石。さっき跡部たちに絡まれてた新入生、只者じゃなかったよ」

「そうなのか?」

「ああ。越前リョーマだ」

「越前リョーマ!? あの、越前リョーマか」

「間違いない。額に稲妻型の傷痕があった」

 驚いたように声をあげる大石に、手塚が答える。その言葉に、大石は戦慄を覚えていた。

「『例のあの人』がつけたっていう、傷痕か」

「ああ。さすがに、この目で見ることになるとは、思ってもみなかったけどね」

「だが、在学期間が重なることは、ずっと前からわかっていたことだ。今更だろう」

「確かにね。同じイギリス国内にいて、あれだけの魔法使いの血を引いているんだ。生まれた時から、すでにホグワーツへの入学が決まっていたとしても、不思議はないな」

 3人の監督生は口々に言い合った。

「いずれにせよ、どこの寮に入るんだろうな。あの『生き残った男の子』は」

「確率25%だな。後は、組分け帽子の思うままってとこだ。だが、彼の父親もグリフィンドール出身。今までのデータからして、血縁者同士は同じ寮になる確率が85%。それを思えば、うちに来る可能性が最も高いね」

「今年は、波乱の年になりそうだな」

 手塚が動き出した窓の外を眺めながら、呟くように言った。

「だな」

 同意する大石に、乾が続いた。キラン、と不自然に眼鏡のレンズを反射させる。

「いずれにせよ、退屈することはなさそうだ」

「おいおい、揉め事は勘弁してくれよ」

「心配しなくていいよ、大石。もし胃に穴が空きそうなら、俺が薬を調合してやるからな」

「それは……胃に穴が空くより、もっと恐ろしいことになるんじゃないのか、乾?」

「大石、先輩に向かってその言い方は失礼だぞ」

「こういう時だけ先輩面しないでくれよ、乾」

 不毛な言い争いを知ってか知らずか、ホグワーツ特急はキングズ・クロス駅を出発し、目的地であるホグズミードへ向けて走り出した。





というわけで、始まりました。
ハリー・ポッターdeテニスの王子様。
筆者の贔屓の賜物か、最初から青学チテキングとか、グラシーズとか、俺様ちゃんとか、出てきております。
以降、こんな調子で続いていきますので、お楽しみに。





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