Christmas carol_2

Christmas Carol 2


 クリスマスを3日後に控えたその日、伊藤政樹は大学のクラスメイト達と共に飲みに出ていた。
 忘年会とクリスマス会を兼ねた飲み会だった。
 店を出て、クリスマスシーズンを彩るイルミネーション、光のページェントの下を通って二次会へ向かう途中で、政樹はクラスメイト達に囲まれた。
 酒が入っていい具合に出来上がったクラスメイトたちが、翌23日が政樹の誕生日だと知って、調子に乗って誕生日の歌を歌い始めたのだ。
「ったく、やめろよ。1日早ぇんだよ」
 苦笑しながら止めるのだが、酒が入ってノリが良くなった連中を止めるのは不可能だ。
 飲み会の日程を聞いた時点で、何となくこういう展開になることは予想していたのだが。全くその通りになったことは照れ臭いと同時に、嬉しい気持ちもあった。

 けれど、どこか満たされない思いがある。

 本当に祝ってほしいと思う相手は、別にいる。
 今この場にはいない、顔も見たことのない、誰か。
 幼い頃から何度も夢に見ているけれど、顔も名前も思い出せない相手。
 大学で授業を受けていても、クラスメイトたちに囲まれていても、自分の居場所はここではない気がしていた。
 自分の中に欠けている何か。
 本当の居場所。
 何度も夢に見るあの場面。
 それら全ての疑問が、その相手に会った瞬間にわかるような気がしていた。
「やっぱ持ってるよね、マー君」
 仙台に拠点を置くプロ野球チームのエースの愛称で呼ばれ、やめろと言いかけた、その時だった。

「政宗様……」

 呼ばれた瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。
 決して大きな声ではない、むしろ周りの連中の声にかき消されてしまうほどの、小さな声。
 けれど政樹の耳にはっきりと、その声は届いた。
(政宗様……)
 自分を呼ぶその声を、政樹は知っていた。
 何かが弾けたように、魂に刻まれた記憶が蘇ってきた。

(政宗様)

 そうだ。
 俺は……
 同時に、思い出していた。
 自分を呼んだ声の持ち主を。

 声がかけられた方を振り向いて、政樹は……いや、政宗は驚いた。
 背の高い、体格のいい男がそこにいた。
 後ろに撫でつけた髪。
 驚いたように見開いている目。
 整った顔立ち。
 左頬にあった傷跡は、その男にはついていなかった。
 けれど、政宗が見間違えるはずがなかった。
「小十郎……」
 浮かんだその名を、口にした。
 声を低く抑えていなければ、懐かしさで泣いてしまいそうだった。

 男は、片倉小十郎だった。
 前世では9歳の頃から自分に仕え、兄として父として家臣として、そして情人として、いろいろな意味で自分を支えてくれた唯一無二の男だった。
 欠けていたものは、小十郎だったのだと政宗は悟っていた。
 自分が伊達政宗であると思い出すきっかけを持つ、その鍵になっていたのも。

 時間にすれば、ほんの刹那。
 けれど永遠にも似た長い時間にも思われた。
 周囲を照らしているはずのイルミネーションが色を失って、小十郎だけが色鮮やかに政宗の眼には映っていた。
 嬉しさ。
 懐かしさ。
 愛しさ。
 切なさ。
 その男にまつわるあらゆる感情が入り混じる。
 言葉にできないほどの多くの感情。
 それらが全て容量を超えるほど勢いで、政宗に襲いかかってくる。
 一度に溢れ出てきた感情の渦に、政宗は呑まれそうになった。

「おい、伊藤?」
「マー君? どした?」
「せっかく俺らが祝ってやってんのに、何ぼけっとしてんだよ」
 さっきまで共に飲んでいたはずのクラスメイトたちが話しかけてくるのが、うっとおしいと感じられた。
 思わず睨み返しそうになった瞬間、政宗は踏みとどまった。
「お久しぶりです。まさか、このような所でお会いできるとは……」
 状況を見て機転を利かせた小十郎の言葉で、政宗は我に返った。
 いつも自分にだけ向けられていた微笑に、自然と口元が緩んだ。
「ああ、そうだな。誕生日には1日、クリスマスには3日早ぇが、最高にcoolなタイミングで現れやがるとは、さすがだぜ」
「お褒めいただきまして、光栄です」
 ニヤリと笑うと、穏やかな微笑が返ってきた。
「何、その人?」
「伊藤の知り合い?」
 小十郎と言葉を交わして、少しずつ冷静さが戻ってきた。
 突然固まった政宗の変化に戸惑うクラスメイトたちに、伊藤政樹として生きていた自分しか知らない彼らに、政宗は笑い返した。
「ああ、そうだ」
 やっと本来の自分を取り戻した政宗は、彼らに告げた。
「俺の古い知り合いだ。せっかく誕生日を祝ってくれたお前らには悪いが、俺はここで抜けさせてもらうぜ。この男とは、積もる話が山ほどあるんでな」
 視線を小十郎に向けると、小十郎もまた、政宗と同じ気持ちなのだと見つめ返してきた。
「あ、ちょっと、伊藤!?」
「またな」
 呼び止めようとするクラスメイトたちを振り切って、政宗は小十郎を目で促して歩き出した。

 少しの間、政宗と小十郎は無言でイルミネーションの下を歩いた。
 政宗が一歩先を歩き、小十郎がピタリとついて歩く。
 クラスメイトたちにも言ったように、積もる話は山ほどある。
 だが、口を開いたら胸の中に渦巻いている感情が一気に溢れ出して、止められなくなってしまいそうだった。

 今まで、どこで何をしていたのか。
 どうやって自分を見つけたのか。
 今はどこに住んでいるのか。
 どんな仕事をしているのか。
 自分とは違う、既に心に決めた相手がいるのか……。

 気になること、聞きたい事がたくさんある。
 けれど、小十郎の答えを聞きたいような、聞きたくないような。
 政宗はそんな複雑な心境だった。
 以前ならば、そんな複雑な思いを抱いたとしても、振り切って尋ねることができた。
 だが、二人を隔てていた時間は長く、政宗の決断力を鈍らせていた。
(でも…このまま黙ったままってのも、な……)
 思い切って呼びかけようと思った瞬間だった。

「小十郎!」
「政宗様」
 呼びかけたのは、二人同時だった。
 政宗が小十郎を振り返ったと同時に、小十郎もまた、政宗に呼びかけてきた。
「あ……」
 戸惑ったように同時に足を止めると、やはり先に謝罪したのは小十郎の方だった。
「申し訳ございません、政宗様」
「いや、構わねぇ。お前から言えよ」
「よろしいのですか?」
「ああ。どうしたんだ?」
 促すと、小十郎は思い切ったように口を開いた。
「実は、俺は仕事でたまたま仙台に来ただけなのです。その仙台でよもや、こうして貴方様にお会いできるとは……。お傍に馳せ参じるのが遅くなり、申し訳ございません」
 頭を下げる小十郎に、政宗は胸の内に込み上げてくるものを抑えきれなかった。
 泣いてしまいそうになるのを必死で堪えながら、政宗は短く言った。

「そんなことはいい。……よく戻った」

 自分の元に、小十郎が再び戻ってきてくれた。
 それだけで、十分だった。
「政宗様……」
 前にも、こうして小十郎を迎えたことがあった。
 敵方に囚われの身になった小十郎が敵の手から脱出し、戻ってきた時に。
 あの時は、青い三日月が地上を照らす夜だった。
 だが今は…月明かりとは比べ物にならぬほど明るいイルミネーションが二人を照らしている。
「仕事で来たってことは、どっかホテルに泊まってんのか?」
「ええ、すぐ近くのホテルへ……」
「Really!?」
「それで、政宗様……」
 言い辛そうに一度言葉を詰まらせた小十郎は、意を決したように続けた。
「せっかくこうしてお会いできた以上、この小十郎、政宗様と離れたくはありませぬ。貴方様さえよろしければ、このまま……」
「OK,小十郎」
 自分の部屋へ誘う小十郎に、政宗は即答した。
 小十郎が相手なのだ。否という答えなど、初めから存在していない。
「政宗様……」
「せっかく会えたんだ、このままお前と一緒にいたい」
 今生でも年上として生まれた小十郎がリードしてくれたことで、政宗は心のわだかまりを拭い去ることができた。
 一歩、前に出て小十郎との距離を詰める。
「小十郎……」
 イルミネーションに照らされた小十郎の頬に触れた。
 前世では、そこに傷跡があったはずの左頬に。

「政宗様……」
 冷たい空気に晒された手を、小十郎が握り返してきた。
「今はここまでにしていただきたく……」
「このままkissしたら、抑えが利かなくなるってことかよ?」
「そういうことです。ですから、どうか今はお許しを……」
「All right,だったら、さっさと連れて行け」
 困ったような表情を浮かべた小十郎に、政宗はニヤリと口角を上げてみせた。

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えー。
続きを書いてみたものの、まださらに続きます(汗;)
クリスマスなどとっくに終わって、巷では一気に年末モードに突入。
もうすぐ年が明けて、BASARA祭5周年の宴が開催されるというのに!
しかも、肝心なのはココからよ(^_-)-★なトコで終わっているという……

申し訳ございませぬ(平謝り)

というワケで、次の章はアレです。
……気合い入れて、勢いつけてイきます(汗;)



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